深と静まり返る深夜、はふと目が冷めた。 神経を研ぎ澄ませると誰かの気配を感じる。 外していた包帯で邪魔な視界を覆うと、先程よりも気配が掴みやすくなる。 視力が弱く強い光が苦手なも、月の光程度なら目を開けていられるが、弱い視力を頼りにするよりもそれ以外の五感を使う方が神経を使わずに済む。 そっと上着を羽織り懐に、刀を偲ばせて廊下に出る。 もう一度気配を探ると、やはりこの城にいる人間の者ではない。 手入れの行き届いた庭に出て、隅の桜の大木に目をやる。 「こんな夜中に何か御用ですか?」 城の者を起こさぬよう、それでも木の上にいる者に届く声で呼びかける。 返事が返って来なかったが、それでもじっとそちらを見ていると小さな溜め息が聞こえた。 「こんなに早く見つかるとはねぇ。おたく何者?」 「ただの侍医ですよ」 包帯のお蔭で姿などはわからないが、声からするとまだ若い男だ。 飄々とした声とは裏腹に、気配として感じる身のこなしから相当の手誰だとわかる。 懐刀を持っているとはいえ、大した力も技量も持っていないなど赤子の手を捻る程度なのだろう。 それでも、は冷然と相手を見据えた。 幸い、周りには伊達の優秀な忍が既に集まっている。 「見つかっちゃったらしょうがないなぁ……まぁ、様子見だけだったから別に良いんだけど」 ふっと軽くなった空気からすると、言葉通り何かしようとする気は全くないらしい。 それを感じとっても警戒をあっさりと解き、軽く手を振って忍を下がらせる。 「そんなあっさり敵の言うこと気いちゃっていいの?」 「私は刀も使えませんし、貴方にその気がないのならいくら警戒しても無駄でしょう?」 下がったと言えど、目の前の男が動けば忍も直ぐに動く。 そうなればこの城の者が全員起きるだろう。としては疲れている政宗と小十郎を起こすのは忍びないので、このまま男が去るのがありがたい。 「降参降参。こちらとしても竜の旦那と遣り合いたくはないしね。俺の名前は猿飛佐助」 あっさりと相手の名前が出て、は驚いた。 黙っていれば、には男が何処の忍だと言う事が解らないというのに。 「……宜しいのですか?」 「には俺の事を知っておいて貰いたいし。ちょいと失礼」 忍なのだから相手が自分の名前を知っている事には今更驚かないが、何故敵である自分に正体を明かすのかが解らない。 ふわりと目の前に相手が立つのが解り、相手の顔は見えないが位置に会わせて僅かに顔を上げる。 「今度来る時は、きちんとした形で会いに来るよ。こうも邪魔が多いと興ざめでしょ?」 すっと手を取られ、手の甲に口付けを落された。 「またな、」 一瞬にして消えた男に、はしばし唖然として立ち竦む。 「様、お怪我は?」 姿を現した忍頭に、は首を横に振った。 妙に手の甲に残る柔らかな感触が残っていた。 ー幕ー |