邂逅 後

「Ha−忍ねぇ……」

 政宗は不機嫌そうにそう呟いた。

 は少々居心地悪く、その前に座っている。

 先ほど小十郎に助けを求めようとしたが、お茶を入れて来ると冷めてもいない湯のみを持って、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 一応大事がなかったといえど、どこぞの忍が来ていたことは話しておいた方が良いと、忍頭と共に政宗の元を訪れたまでは良かった。

 しかし、あった事を包み隠さず言えという命に、忍頭はご丁寧に手の甲への口付けなど(幸い会話は聞こえなかったらしい)余計な事を話してくれたおかげで、政宗の機嫌がどんどん降下していった。

 いくら忠義と言えど、そんな事まで言わなくても良いのではないか、とは内心頭を抱えたが今更どうしようもない。

 下がれと言われて出て行った忍頭が心底恨めしい。

、何で俺を呼ばなかった」

 咎めるきつい口調に、は丁寧に手を付いて頭を下げた。

「……申し訳ございませんでした……」

 昨日はあれで済んだが、確かに迂闊だったかもしれない。

 起こすのが偲びないといえど、もし政宗の寝首を掻くつもりだったのなら、流石の政宗も寝起きでは太刀打ちできないだろう。

 そうなればを信用して下がってくれた忍達にも申し分けが立たない。

「全ては私の責にございます。どんな処罰でも受けましょう。その代わりに忍達には……」

 政宗はAh-と諦めとも嘆息とも取れる溜め息を付き、の言葉を遮った。

、顔を上げろ」

 おずおずと黙って顔を上げる。

 相手の顔を見ないというのは卑怯ではあるが、こう言う時だけは両の目を覆う目隠しに感謝した。

 しかし、ぴしゃっと障子を閉める音がして、政宗が直ぐ傍に来たのを気配で察する。

「この位の明るさなら大丈夫だろう。辛くなければ包帯を外せ」

 南向きでないこの部屋なら、障子を閉めれば太陽の光も差し込まない。

 少々躊躇したが、政宗の命であればは大抵のものは従うと決めている。

 ゆっくりと布を解くと、目の前には政宗が座っていた。

 予想に反して、政宗は怒りでも呆れでもない、淋しげな表情をしていた。

「別に、お前を責めようとか言ってんじゃねぇ。ただお前が心配なんだよ」

 ふわりと抱き寄せられ、は抵抗せずにされるがままになる。

 右目を抉り出して、過去と決別した”梵天丸”は元服を済ませ、”政宗”となって今や立派な武士となった。

 それでも、元来この人は寂しがり屋なのだ。

 それを思い出して、は幼子にするようにそっと背を撫でる。

「私の全ては貴方様の物。見ての通りどこも変わりはありませぬゆえ、ご安心くださりませ」

 しばらくそうしていて、政宗が顔を上げたのではそっと腕を放した。

「その忍に顔は見せてねぇだろうな?」

 何故そんな事を聞くのかと首を傾げつつも頷くと、政宗はならいいとそれっきりだった。

 包帯を目に当て、政宗の仕事の邪魔にならぬように廊下を出る。

 丁度曲がり角の所で小十郎の気配を感じて足を止めると、こちらから一礼した。

「色々と心配をかけたようで申し訳ない」

「いえ、殿もご自分の身を軽んじなさるな。次からは遠慮なくお呼びくださ い」

 丁寧に礼を言って、はその場から立ち去った。

 包帯をしていても、暖かな空気を感じる事が出来る。

 今日は良い天気だ。

 その後、忍部隊の給料が僅かに下がり、今まで以上に鍛錬する姿が見られる ようになったという。

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