右目に光を

 伊達家の嫡男が病に侵され、今もずっと熱が下がらないでいる。
 は磨り潰した薬草を量り、紙に包みながら様子を見守っていた。
 実は以外の薬師もここには居たのだが、病を恐れて去ってしまい、目を病んでいるが薬の腕が立つと噂に聞いたが連れて来られたのだ。
 疱瘡は死の病であるために直ぐに逃げ出す者もいたようだが、は黙って治療を続けた。
 輝宗には最初からお前にしておけばよかったな、と言われ喜ばれた。
 日の光で傷む目は視力自体が低いため、黒い布で普段は目隠しをしているが、この部屋は薄暗い為、目隠しの布を取っている。
 息苦しそうに喘ぐ梵天丸を見つめ、は新しい布を水に浸し、汗を拭う。
「誰だ……」
 か細い声で掛けられた言葉に、そういえばここに来てからずっと意識なく眠っていた事を思い出す。
「殿より、梵天丸様の薬師として仕えることとなりました、と申します」
 布で拭う手を止め、丁寧に頭を下げる。
「ここに居ると病がうつる……お前も直ぐにいなくなるんだろ」
 ぎゅっと布団を握る手が強くなる。
 薬師や女中などが去ってゆくのを、熱にうなされながらも気づいているのだろう。
 不治の病とされる疱瘡。
 恐れる気持ちは解らなくはない。
 だが、苦しんでいる人がいるならば、それを治療するのが薬師の役目である。
 目が不自由な為に、武家の家を邪魔ものとして追い出されたとしては、それだけが生きる道だった。
「私はずっとお傍におりますよ。お辛いとは思いますが、どうぞ薬を」
 毒が入っていない事を示すように、一口自ら口に含み、それをそっと差し出す。
 少し迷った様子だったが、手を伸ばしてくれたので起きるのを手伝い、薬湯をゆっくりと飲ませる。
 そうして、寝巻を取り替え、嫌がるのを宥めながら爛れてしまっている右目に薬を塗る。
 何処までこれが効くかは解らないが、出来る事は全てやるべきだ。
「ゆっくりお休みくださいませ、私がここにおります」
 少しずつだが、ここにが来てからは良くなって来てはいた。
 酷い高熱も、前のように寝る事がままならないほどではない。
 とはいえ、例え疱瘡が良くなってもこの右目はずっと治らないだろう。
 そして、この伊達家で生きていくのも難しいかもしれない。
 ここに来てから、そんなに時間は経っていないし、彼と話をしたのは先ほどが初めてだったが、彼はまだ生きる事を諦めていない。
 ならば、それを手助けしてやりたいと思う。
 ぎゅっと硬く絞って冷たくなった布で、額に浮く汗を拭った。
 きっと彼は光を掴める。

 ふと目が覚めて、天井を見つめる。
 何も変わらない木目がそこにあるだけで、しばし見つめてからは身支度を整える。
 目に布をあて、頭の後ろで縛ると手探りで襖を開けた。
「good morning」
 掛けられた声に、はくすくすと笑う。
「どうした?」
 怪訝そうな政宗の声に、は笑い声を納める。
「おはようございます。昔の夢を見たのですよ、初めてお会いした時の」
 言えば、うーんと唸る声が聞こえる。
 顔は見えないが、恐らくばつの悪そうな顔をしているのだろう。
 熱に浮かされている時には、暗い室内に居たために目隠しをしていなかったが、元気になって部屋の外に出た時には目隠しをして現れたに大層脅えられた。
 光をより遮るための黒い布の目隠しは、やはり怖かったのだろう。
 病が良くなっていくにつれて、心を開いてくれたのが嬉しかったのだが、治って初めて会って見れば、目隠しをしていたので実際に見えなかったものの、輝宗の後ろに隠れていたというのは、ちょっぴり傷ついたものである。
 見た目に慣れてしまえば、周りの大人たちの冷たい態度もあったので、直ぐにに懐いてはくれたが。
 政宗にしてみると、看病されたことや、最初に怖がっていた事が今となっては照れ臭いのだろう。
 つらい経験でもあるが、そのおかげで今の彼がいるのだから、としてはある意味嬉しい記憶でもある。
 自分が薬師として生きていく事が出来るようになった、切っ掛けでもあるのだ。
「さて、ご飯でもいただきますか」
「久々だし、一緒に食おうぜ」
 誘われて、は政宗と連れだって歩き出す。
 政宗に気づかれないよう、は小さく笑った。  立場などは変わったが、今の政宗も昔と関係は変わらない事が嬉しい。
 朝から良い気分で、目隠しをしているので空は見えないものの、今日はよく晴れそうだった。

ー幕ー

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