箱庭の主

 頭を下げたままの部下に、顔を上げるように促す。

様、どうなさるおつもりですか?」

 顔を上げたその顔には、不安の色は見えるものの己を律する強い意思があった。

「兵は出さぬ。直接話を付けよう」

 の言葉に、部下は深々と頭を下げ、他の者に知らせるために一礼して出て行った。

 その様子を眺め、そっと障子を開けて眼下を見下ろす。

 小さくはあるが、平和な己の創り上げた国が広がる。高い頂にあるこの城から見た街は、箱庭のようにも見える。

 己には天下などどうでも良く、手塩にかけて育てたこの箱庭さえあればよかった。

 反対を言えば、天下を望まぬといえ、簡単に他の人間に譲ってやる気も毛頭無い。

「面倒な世の中よ……」

 ふっと付いた溜息は、誰にも聞かれることもなく、風に散った。

 だんだんと勢いをつけている伊達軍は、今や奥州平定を目前にしていた。

 残すところあと一国。攻めるか書状を出すか決めあぐねているところに、ちょうど良く相手から話し合いの申し出が来た。

 戦うのは好きだが、あまりその気が無い国に攻め入るのは、政宗はあまり好きではない。

 それに、勢いづいているとはいえ今は兵の疲れを癒すほうが得策であったので、政宗は二つ返事で了承した。

 聞いたところによると、小さな豪族から一国を築き上げたその人物は、智将と知られているらしいので、さほど話し合いも難航しなさそうだと踏んでいた。

 最も、同じ智将でも中国の毛利のような人物でなければ。

「政宗様」

 小十郎に呼ばれて、政宗は意識を浮上させた。

 奥州を平定した名君といわれようが、天下を手に取ったわけでもなし、同じ城主として出向くのが礼儀だろうと政宗は小十郎を伴って彼の国を訪れた。

 もちろん先方を信用していると言うのもある。築き上げた国を大きくするでもなく、他国に攻める事も攻め入られる事もしていない。

 銃や刀などの武器を作る事が出来る上、それを売った財力もあるとはいえ奥州と遣り合って勝てるほどの力は無い。

 そんな国が今更何かしてくるとも思えず、少々家臣から軽率だと怒られはしたが、そんなことを言っても仕方がないので納得させた。

 城の門まであっさりと辿り着き、門兵はこれまたあっさり通してくれた。

 いささか無用心すぎる気がしなくも無いが、そのまま小さな城に足を踏み入れた。

 決して豪勢ではないが、それでもきちんと手入れがなされた城は、初めて来たと言うに何だか落ち着く場所であった。

 庭も整えられ、すれ違う人間も丁寧に頭を下げてくる。

 他国の人間が来ればよほどの間柄の者でなくば警戒されるものだが、その様子は微塵も感じられない。

 そうこうしている間に、そのまま主がいる部屋の前に辿り着く。

 案内人が声をかけると、中から涼やかな声が響いた。

「ようこそ、お越しくださいました」

 そう、頭を下げたのはまだ若い、政宗とそう変わらない歳であろう人物であった。

 結い上げられた黒髪は長く、一見すると少女とも見まごう容姿である。

 だが、この人物こそ一代にして国を築いた智将、 だ。

 見目こそ麗しいが所作には隙が無く、温和な瞳には何を考えているのか図りかねない。

 正面に座し、二人は丁寧に頭を下げた。

「お招き頂き、誠にありがとうございます」

 普段は面倒くさがっている政宗も、やろうと思えば丁寧な態度は取れるのだ。

 互いの自己紹介を終えたところで、それでもこの調子でずっと話し合いを続けていくのも正直面倒なので、政宗があっさりと切り出す。

「悪いが、堅っ苦しいのは苦手でな。話し方を戻してもいいか?」

 唐突に何を言い出すのだと慌てる小十郎に、は鈴を転がしたように笑った。

「ふふ、我は構わぬ」

「Thank you.あんたとは気が合いそうだ」

 政宗の言葉自体は分からないようだが、了承の意というのは汲み取ったらしい。

「早速、本題に入らせてもらうぜ。奥州と同盟を組まねぇか?」

「それは、条件次第……話し合いを持ちかけたのは、この国の立ち位置を明確にするため……まずは我らの方針を聞いてからにしてはどうだ?」

 奥州としても、そちらとしても同盟と言うのは悪くない話で、あっさり了承するものかと思っていたが、流石に智将と言うだけあってそう簡単にはいかないらしい。

「我にはこの国さえあれば他はどうでも良い事。故に、どこかの国に肩入れする気もない」

 今はあちらこちらに強い勢力が立ち並んでいる。どこかにくみして共倒れだけはごめんだ、と言う事らしい。

「だが、そう言ったところで攻め入られればどうする?」

 いくら他の国に入るのが嫌だと抗ったところで、強国に攻め入られればどうしようも いはずだ。

 いくら智将とはいえ、どんな策を練ろうとどれだけ財力と武器の力があっても、元々の圧倒的な兵力の差は埋められないはずだ。

「そのための『同盟』よ」

 ふうわりとは微笑を浮かべた。

「我は今、織田、豊臣、武田、徳川、上杉と同盟を組んでおる」

 その言葉に政宗は目を見開いた。

 そんな情報は今までに聞いたことが無い。

「その話は……」

 驚いた様子の小十郎に玲は楽しげに笑う。

「書面を見るか?」

 広げられた五つの巻物には、確かに各勢力の中枢、織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、徳川家康、上杉謙信の名が記されていた。

「どの書面も同じような内容よ。ちなみに、どの同盟国も我がどの国と同盟を組んでいるか知っておる」

「……どういうことだ」

 意味を図りかねて問えば、は丁寧にそれらを仕舞いながら口を開く。

「簡単な事……わが身を守るには、お互いが牽制し合ってくれさえすればよい」

 織田との同盟を結び、さらに敵対する豊臣や徳川とも同じ内容の同盟を結ぶ。

 この国が結んでいるのはお互いの国が侵略しないと言う同盟だけだが、他の国とも同盟を組んでいると知れば、この国を攻めた時に同盟を結んでいる他の国がそれを機に攻めてくる可能性がある。

 この国は結んだ同盟国同士の腹の探りあいを利用し、自分の身を守っているのだ。

 同盟国同士が戦おうと、この国は不可侵という内容の同盟しか結んでいないため、干渉する必要は無い。

 だが、この策は大きな問題がある。もしも、どこか一国が均衡を破れば、この国は確実に滅ぶ。

「随分と危ねぇ橋を渡ってんじゃねぇか」

「ふふ、でも迂闊に手は出せぬ。『虎の威を狩る狐』と言われた事もあるがな」

 何処と同盟を結んでいるかは明かしても、どのような内容の同盟を組んでいるのかは明かされていないのだ。他国と厄介な条約でも結んでいるかも知れず、慎重にならざるを得ない。

「それを承知の上で、それでも同盟を結ぶのなら構わぬ。こちらの絶対条件はたった一つ、この国への不可侵のみ。何か要望があるなら、こちらで出来る事ならば喜んで何でも用意しよう」

 多分、ここで断ってもこの国は他の同盟国がいる限り問題は無いのだろう。

 だが、政宗の返事は決まっていた。

「いいぜ、こちらの条件はそっちが出来る限りの武器を売買だ。それでよけりゃこの同盟は成立だ」

「政宗様!!」

 慌てた小十郎に、政宗はにやりと笑った。

「ここほど精密で優秀な武器を作る国はねぇだろ? 今までは不足してた武器がこれで堂々と買えるんだぜ?」

「そうは申されましても、他国にも同様に売っておられるでしょう」

「そうだとして、ここと組まなきゃさらにおいてかれるぜ」

 どちらかと言えば、側に有利な同盟だが、かといって奥州がそこまで損をする同盟ではない。

 むしろ、ここで蹴れば他の同盟国に武器や武具が流れる事になり、それを完全に立つ事は出来なくても防ぐ必要はある。

 それに、この という人物に政宗は興味があった。

 少なくとも、国同士の思惑があったにせよそれだけの面々と同盟を組んだことは、一重に自身の才だ。

「では、これからよろしく頼む」

「こちらこそ頼むぜ」

 小十郎はまだ不満そうではあったが、当人達はつつがなく書面を交わし、今回はそれで終わった。

 折角だから、と泊まるよう誘われたが帰ってやらねばならぬこともあり、丁寧に辞退して馬を走らせる。

「本当に、信用できるのですか?」

「今更破棄はできねぇぞ。それに、あの様子じゃ大丈夫だろ」

 本当に、は国と民にしか興味が無いのだろう。

 他の同盟国は知らないが、少なくともは信用できるそういう確信があった。

 楽しくなりそうだと政宗は口元に笑みを浮かべ、馬を走らせた。

ー幕ー

Back