ビロード

「ん?」

 信長の部屋を掃除しようとした時、机の上に乗っている初めて見るそれに、 は首を傾げた。

 異国の文化に興味の有る信長のことなので、これも多分異国の物だろうがいかんせん、何に使う物なのかが解らない。

 薄い紅色や白や青などの多彩な色のついた、毬栗の棘を少し丸くしたような表面で、小指の爪ほどの大きさ。

「どうした?」

 丁度やって来た信長に挨拶もせず、はその物体を指し示す。

「これは何だ?」

「金平糖ぞ」

 「こんぺいとう」というのは名前だろうが、それがなんなのかが解らない。

 なおも首を傾げるに、飽きれたように信長は溜め息をついた。

「知らぬか」

「知らないのかって……」

 と言われても、地球儀だとか世界地図だとかは見たことあるが、見たことがない物は見たことがないのだ。

 むっと上目使いで睨むと、信長はひょいっと「こんぺいとう」を一つ摘むと、顎を掴んでの唇を少し開かせてそれを押し込んだ。

 食い物ならそうと早く言ってくれれば良い物を、と思いつつ、は不思議なそれを舌の上で転がす。

 甘い不思議な味がした。

「どうだ」

「甘いな……」

「丸の褒美だ」

 甘い物が好きな蘭丸はさぞ喜ぶだろう。

 そして、褒美と言えど蘭丸を喜ばせようと、こんなものを用意していた信長 には小さく笑った。

『なんだかんだいって良いお父さんしてるんじゃないか』

「何を笑っている……」

 少し斜め向きになった信長には手を振った。

「いや、羨ましい限りだと思っただけさ」

 紛らわすつもりの冗談だったのだが、何を思ったか信長はばさばさと机の上の書類を落とし、何かを探し始めた。

「おーい……」

 声を掛けてみるが信長は気にせず、散らかして行く。

これから掃除するつもりだったのだから丁度良いか、と考え直して見ていると、紙の下から何かを取り出した。

「寄れ」

 言われて信長に近寄ると、すっと背後に回られる。

 垂らしていた髪が持ち上げられ、きちんと結い終わった後で首筋に垂れる紐を見ると、手触りの良い光沢のある深い藍色があった。

「これは?」

「ビロードでできた物ぞ」

 「びろーど」という言葉は良く解らなかったが、響きからしてこれも異国の物なのだろう。

「奥方に差し上げた方が良いんじゃないか?」

 これほど良い物なら、少々色が暗い物でも華やかな濃姫によく似合う。

「濃にはいくつかの物をやっておる。だが、お前にやったことはなかったな」

 信長の視線に一瞬何かと考え込んだだが、直ぐに気付く。

「……ありがとう」

 笑って言うと、信長はふんと言ってそっぽを向いた。

ー幕ー

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