真っ暗な闇の中、佐助は音もなく移動していた。 人気のない街道を通り抜け、山の麓にぽつんとある草庵の前へ降り立つ。 「早いお着きだね」 気配も足音も断っていたはずなのに、こちらから開ける前に戸が開く。 立っていたのは深い藍の着物をまとう、美しい男であった。 長い髪を束ねずに背に流し、日に焼けぬ白皙の顔に朱を引いたような口元に浮かぶ笑み。 男だろうが女だろうが、誰もが目を奪われずにはいられない。 名をといい、佐助と同じ忍びである。しかし忍んで戦場を駆け、破壊工作を行う佐助と違い、はその見目を利用して表だって町を歩き、素性を巧に隠しながら諜報活動を行う忍びだった。 人の口を伝う情報は、佐助ではなかなか集め難いものも多く、そんな時はから情報を貰っていた。 は仕事に関して、金による契約以上の関わりを持たない主義だ。 だからかそれなりに信用が置けるし、何より主の元以外で唯一安心できる場所であった。 「で、どうだった?」 は佐助を招き入れると、ばさばさとそこらにある紙の束から、数枚をひょいひょいと抜き取って差出した。 「まぁ、とりあえずそんなものかね。直接、家臣や築城した職人達から聞いたものだから、それなりに信用に値するだろう」 さっと読み流すと、つい先日築城された山城の設計図と隠し通路などの地図 に、おおよその見張りの人数と配置場所まで書かれている。 まさかここまで早く調べがつくとは思っておらず、素直に感心した。 「良くもまぁ話してくれたね」 恐らく、その美貌と酒なんかでもって、気前良く話してくれたのだろう。 これだけあれば、いくら築城して間もない鉄壁の城も、あっさりと潜り込むことが出来る。 本当にだけは敵に回したくない。 「さて、まだ時間はあるかい?」 何事だろうと首を捻りながらも頷くと、はすいっと佐助の手を取って有無も言わさず袖を捲くった。 「良く解ったね」 少し前の少々深い傷だが、既に血の臭いはなかったはずだ。 軽い手当ては自分でしたのだが、は傷の具合を眺めながらふんと鼻を鳴らした。 「忍びの目を舐めるんじゃないよ。『この程度』という傷が、何時命取りになるか解らんだろう」 良く言われることで重々承知しているつもりなのだが、どうしても自分のことよりも任務をこなす事を優先してしまう。 はそれ以上は言わずに、引き出しから塗り薬を取り出して手際良く傷を手当てした。 それから幾つかの丹薬を佐助に無理やり握らせる。 「料金はきちんと別払いだよ。きちんと時間がある時に、しっかりと手当てしな」 「はいはい。解ってますよー」 「この前もそう言ってたな」 ぴしゃりと言われてしまうと、佐助は何も言えなかった。 普段なら自分が幸村の親のようにあれこれ言うのだが、を前にするとどうも子供のような気分になる。 ぽんと頭に手を置かれてふと佐助が見上げると、微笑を浮かべたの顔があった。 「無理するんじゃないよ。忍びと言えど『人』であることには変わりない。『道具』として己を扱うな」 何故かかっと顔に血が上る。 子供扱いをされたことに対してか、の微笑を間近で見たからか。 否、多分嬉しいという感情に対する照れが一番強い気がする。 「ふふっ……」 そんなの様子の佐助にが噴出し、余計に体裁が悪くなってがりがりと頭を掻いた。 解っててやってるんじゃなかろうかとも思うが、まぁそれでも自分の欲しい言葉を言ってくれるに感謝した。 「……ありがとさん」 「どういたしまして。なんだったら朝まで泊まって行くといい。今日はお前以外に泊まって行く客はいないからね」 忍びとして人の甘えを受けることは命取りだが、それを許してくれるの傍は居心地がよい。 思ったより正確なの情報があれば急ぐ必要もないので、躊躇いなく佐助は頷いた。 夜が明けるまでに、まだ長い時間があることに安堵した。 ー幕ー |