待った褒美

 どかどかと荒々しい足音と独特な声で、は読んでいた書物を閉じ、襖が開くのを待つ。

 きっかり三秒後ほどで勢い良く襖が開き、主が現れた。

 南国特有の褐色の肌に、珍しい銀の髪を持つ若い男は長曾我部元親といい、四国を治める大名でありの主である。

 ざっくばらんで人情に厚い為に部下にはアニキと慕われ、この乱世のご時勢にお宝を探してふらふらしている稀有な人間だ。

「そう叫ばんでも聞こえるさ。今回は随分と長い船旅で、さぞ楽しかったろう」

 表向き穏やかな笑みを浮かべて見せたが、元親はうっと呻いて半歩下がった。

「だぁぁっ俺が悪かった!!」

 主がいない四国が乱世で持っていられるのも、元親の人柄によって集められた部下や兵士の力と、趣味と実益を兼ねた巨大なからくりのおかげである。

 そして、が家臣達や軍の統率を取って近隣の国に睨みを利かせつつ、宝探しの名目で主の押しかけた国への詫びの書簡や品物を送っているおかげでもある。

「で、今度はどこまで行ってたんだ?」

 が話を振ってやると、ぱっと顔を輝かせた元親は今回の旅の話を始めた。

 武田に勝負を仕掛けに行っただの、やれ何が珍しかっただの、独眼竜とは気が合いそうだの。旅すがら買い込んだ珍しいものや、何に使うか分からないものまで、あれこれと説明をつけて実に楽しげに元親は土産話をした。

 ふらふらと宝探しで、あちらこちらに攻め入るのはどうしたものかと思うが、それでも見識を広めることは大事なことではある。

 違う国の人々の様子などは、一国の主として知って損は無いはずだ。

 だから、行った先で命を落とさないかひやひやしつつ、はきつく元親を止めたりはしなかった。

の方はどうだ?」

「なんの心配も問題も無い。ただ、お前が決めなければならない事や、印の必要なものが置いてあるから……」

 ひょいっと元親が己の手を取ったので、何事かとは言葉を止めた。

「俺が聞いてるのは、お前のことだ。前より白いし細くなってねぇか?」

 言われてみれば、武器を振り回すこの男らしい大きくごつごつした手に比べ、 の手は細く白い。白魚のような、と言えば聞こえがいいが決して健康的とは言えない。

 確かに連日、主がいないこの国を守るため、は城から殆ど出ずに生活している。

 他の者達は鍛錬などで外に出ているし、元来と違って室内でじっと仕事をするのが苦手な者ばかりなので、多少の体格の差がどうしても出てくる。

「仕方ないだろう。もともと、体を動かすより頭を動かす方が得意だからな」

 そうは言ってみたものの、元親は納得していないらしい。

「悪かったな。当分はこっちにいるから、ゆっくり休め」

 はっきり言ってしまえば確かに元親のせいなのだが、この男の性質なのかこうして謝られると、元からあまり怒ってはいないものの許してしまいたくなる。

 なんとなくそのまま受け入れるのが悔しいので、は胡坐をかいている元親の膝に頭を乗せて横になった。

「何だっ?!」

「悪かったと思うなら枕ぐらいになれ。骨身を削って主の肩代わりをした忠臣への褒美がこれなら安いもんだろう」

 唐突なの行動に元親は慌てたが、どいてやる気が無いは目を閉じたままそう言えば大人しくなった。

 元親から漂う潮の香りが心地よい。

、ありがとうな……」

 深い眠りに落ちる前に聞こえた元親の言葉に、は小さく笑った。

ー幕ー

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