授業が終わると同時に教室を飛び出したを、クラスメイト達はいつもの事だと苦笑しながらその背中を見送った。 いつから習慣になったのかわからないが、屋上から音楽科の生徒達の練習する音を聞くようになっていた。 ここは練習室のフルートやピアノにチェロなど様々な楽器の音が洪水のように押し寄せるのお気に入りの場所で、特に凛と澄んだ音を響かせるヴァイオリンの音色を聞くのが好きだった。 同じ楽器でも奏でる人間によって音が変わっていくのが面白いと思う反面、それが楽器を奏でる演奏者にとって難しいところでもあるのだろう。 ヴァイオリン奏者はこの学校にも何人かいるだろうが、その中でも一番好きなのが恋人でもある月森蓮の音だった。 特に技巧の難しい曲を難なくこなしていく迷いのない音がその人柄を表しているようで、聞くたびに背中を押されているような不思議な気持ちになる。 本人に言えばそんなつもりはないと一刀両断されそうだから言わないが、落ち込んでいる時に聞くとまだ頑張れるという気持ちになる。 「また此処かよ。良く飽きねぇな」 「蓮のヴァイオリン好きなんだ。でも練習の邪魔したくないからさ」 聞きなれた声がして振り返れば見知った顔があって、は大きく伸びをして絶えず聞こえてくる旋律に耳を傾けた。 目の前の土浦梁太郎はと同じ普通科の生徒ではあるが、繊細でもあり力強い音色を奏でるピアノ奏者の一人で学内コンクールに巻き込まれた被害者でもある。 蓮と何かと対立の多い相手だが、それだけに良いライバルにもなっているらしくはこの青年が嫌いではなかった。 「お前ならあいつ邪魔なんて言わないんじゃないか?ま、言ってきたら俺が喜んでお前を攫いにくるから」 「土浦も物好きだよね。俺が蓮の事好きなの知ってるくせに」 土浦には蓮と付き合う前に色々話を聞いてもらっていて世話をかけたが、そのおかげで今蓮と一緒に入れるのだと言っても過言ではないと思う。 蓮に告白して返事を貰ったとき嬉しくて土浦に報告したが、その時に初めて土浦が自分を好きだった事を知った。 今では友人としての関係を受け入れてくれていて、申し訳なく思いつつそれが嬉しくもあった。 「じゃ、月森も物好きだな。そういえばあいつに言っとけよ、にらみつけてくるのやめろって」 「睨む?蓮が?」 決して人当たりが良いとは言えない蓮だが、理由もなく人を睨むような人間ではなかったはずだ。 例えそれがいつも言い合いをしている土浦だとしても、蓮も土浦も筋がしっかり通っている人間でありお互いを認め合っているから尚更だ。 初めて聞いたことにが驚いていると、土浦は苦笑しながら自分とは違う細い肩に手を置いて優しく抱き寄せた。 「気付いてなかったのかよ。ほんとに月森しか見てねぇのか」 自分の肩をすっぽりと包む大きな手と広い胸の大きさにが驚いていると、いきなり力強い手で後ろにひっぱられて誰かにぶつかった。 「土浦、に気安く触らないでくれ」 「お前の所有物じゃないだろ。それに練習はどうしたんだよ、月森」 ニヤリと笑って言う土浦は人の悪い笑みを浮かべていて、が上を見上げると苦い顔をした蓮が土浦を見ているのが目に入った。 確かに練習室からヴァイオリンの音がしていたはずなのに、何故ここに蓮がいるのだろうか。 「これから戻る。君も来てくれ」 が口を開こうとするより早く凛とした声が屋上に響いて、はどうしてと思うより蓮の練習が聞ける喜びで笑みがこぼれた。 「蓮、練習聞いてていいのか?」 「あぁ」 蓮にしては珍しく足早に練習室へ向かっていて、は追いつくのが精一杯だったが繋がれたままの手が嬉しくてくすりと笑みをこぼした。 ここまで感情を表に出すのも珍しくて、蓮の顔を見上げれば苦々しい表情をしていて何故そんな顔をしているのか理解できなかった。 土浦だったら蓮がそんな表情をしている理由を知っているのだろうか。 「そういえば、土浦が睨むのやめろっていってたけど何かあった?」 そう問いかければぴたりと蓮の足が止まり、蓮の方を見れば驚いたようにこちらを見ている視線とぶつかった。 「土浦が言っていたのか?」 「そうだけど」 が小首を傾げながらそう言えば、蓮は小さく溜息をついて形のいい頭に手を添えてゆるく頭を振った。 「わかった、後で謝っておく。それから、これから俺が一人で練習しているときは来てくれて構わない」 「邪魔じゃない?」 「君が俺の音楽が聞きたいと思ってくれるなら構わない」 練習室の扉を開けれると同時に強い力で抱き込まれ、蓮の顔を見ようとしたがの肩口に顔を埋めてしまっていて端正な顔を見る事は出来なかった。 言動もそんなに多い方ではないが、行動にこうして出るのも珍しい事のような気がして、はさらさらと流れる青い綺麗な髪を優しく撫でて感触を味わった。 「俺は君が好きだ」 「うん。俺も蓮が好きだよ」 広い背中に手を回せば、の唇に柔らかいキスが降り注いだ。 ー幕ー |