きらきらと零れてくるピアノの音に魅かれて、土浦梁太郎は鞄を背負い一人音楽科の練習室へと向かった。 いつもの通り家に帰ってピアノで練習はずだったのに、何故自分はここまで来てしまったのかと思うが今更帰ることも出来なくて練習室前を一つずつ通り過ぎた。 自分もピアノだからわかるが、正直上手いとはいえないたどたどしい音だが、それでもきらきらと輝くものが聞こえる。 結局一番奥の部屋の前に来て確かめようとした時には音の洪水は止まっていて、もう演奏を止めてしまったのかと残念な気持ちが広がった。 「あれ?梁太郎、おっつー」 「は??」 いきなり扉が開いたと思ったら、出てきたのは同じクラスであり恋人でもあるその人であった。 にこやかに笑うに梁太郎は少し毒気を抜かれたが、ちらりと部屋の中を見ても他に人の気配がない……ということはが弾いていたと考えるのが妥当だがピアノをやっているとは聞いたことがなかった。 コンクールの話をした時もピアノをやっていたなんて話題は出てきた記憶がない。 「うん、あ、練習室使うんだったらどうぞ。俺用事済んだからさ」 「ピアノ弾けたのか」 「うん。少しだけね。梁太郎も上手いよね、コンクール出てたし」 さらりと言われて、どうして言ってくれなかったんだと言おうと思ったが、言われなかっただけでショックを受けている自分勝手な感情に気付いた。 自分が全て相手の事をわかっているとは思っていない、ただ、少なからず他の人間よりはを知っていると思っていた。 自己嫌悪に少しなりながら、土浦はもう一度ちゃんとの音が聞きたいと思った。 「なぁ、練習もうやらないのか?」 「ん〜、帰ろうと思ったんだけど。どうしたの?」 「さっきの曲聞かせてくれないか?ちゃんと」 じっとの瞳を見つめながら言うと、はにっこりと笑っていいよと二つ返事で了承してくれた。 土浦よりも低い身長のが前を歩くと、必然的に後頭部しか見えないのにがどんな表情で歩いているのかわかるから不思議だと思う。 「きらきら星変奏曲ね」 飛んで跳ねるような演奏に思わず笑みを浮かべていると、も楽しそうに土浦の顔をみて笑みをこぼした。 「なんか他に聞きたい曲あったんじゃない?」 「いや、これがいいんだ。の弾くきらきら星変奏曲で」 「ふぅん。ならいいけど」 弾きながら話すとは器用なヤツだなと思ったが、土浦は瞳を閉じて演奏に聞き入った。 月森などが聞いたらきっと眉間に皺が寄りそうな、技術的には少し拙い演奏だが人となりが出ていて土浦は好きだった。 「なぁ、今度一緒に連弾やるか?」 「いいの?!」 がたりと立ち上がったは小走りに土浦の元に走りよってきたと思えば、きらきらと輝いた瞳を向けていて思わず子犬を見ているような気持ちになった。 「っぶ……」 「何、噴出してんのさ。いいだろ、嬉しいんだから。約束破るなよ?」 「あぁ、わりわり」 くしゃりとの頭を撫でるとむっとしたの顔が、少し嬉しそうに微笑むのが可愛くて土浦は頬が緩むのがわかった。 付き合う前から同じクラスで仲が良くて、佐々木とかと三人で一緒にいることが多かった為に気安さは変わらない。 ただ、自分のに対する感情が恋愛だと気付いた時には、随分と悩んだものだったが今となってはいい思い出に変わっている。 「約束な。何がいいか考えとけよ」 「うん、わかった。どれにしようかな〜?一つじゃなくてもいい?」 いいぜと返事をすれば嬉しそうな笑顔が目に入って、土浦も自然と笑顔になるのがきっとだからだと思う。 学内コンクールやサッカー部を辞める時に、随分と気持ちが不安定になりがちだったがに助けてもらった気がする。 気がつけばいつも隣を歩いてくれて、少しこちらを伺っていてくれるのがわかるから、自分も頑張ろうと思える。 「ほんとありがとな」 「いや?こちらこそありがとう」 「俺何もしてないぞ」 「ううん。俺、コンクールって縁無いと思ってたから、梁太郎が参加してるからちょっとだけ嬉しい。俺の代わりって言ったら悪いけど俺の分まで頑張ってくれてる気がするから」 そんな風にが感じていたとは知らなかったし、自分がの望みをそんな形で叶えているとは思いもしなかったから純粋に嬉しさがこみ上げてくる。 言葉では伝えきれないと思うから、今度一緒にピアノを奏でるときに音に乗せよう。 君がどれだけ大切で、どれだけ愛おしいかを。 ー幕ー |