君の気持ちの行方

 織姫と彦星は年に一度迎えるこの会瀬の時をどんな気持ちで迎えるのだろう。もし二人のように会える時間が限られているとしたら、どんな気持ちで恋人に会うのだろう。
 ふとしたクラスの友人との会話で今日が七夕と気付いて、思わず月森と自分に当てはめてしまった。その辺りから間違っているのだろうがどうも気になりすぎて、授業が終わると月森のクラスへと足が向いていた。
「月森っ……」
 教材を鞄に入れている月森の姿が見えて、思わず呼びかけるとクラスのほぼ全員の視線がこちらを向いていて顔が赤くなる。そんなつもりじゃなかったのに、姿があった事に安堵して思わず大きな声で呼んでしまった気がする。
 当の月森は鞄とヴァイオリンを手に取り、焦る素振りもなくまっすぐにのもとへと来てくれる。
「何かあったのか」
「あ……」
 まさか音楽に関係ない七夕の事で呼び出したと言えずに、が口ごもると月森は微かに笑って教室の中を見渡した。
「すまないが、とっておいた練習室使ってくれないか。練習室1だったと思うが……」
 月森がクラスにいた誰かにそういうと同時に、ひょっこりと何処かで見た男子生徒が顔を出した。
「うん、ありがとう。使わせてもらうね」
 にっこりと笑って立ち去る生徒に月森はあぁと呟くと、そっとの手を握りゆっくりと歩き始めた。
 自分が来たから練習室を譲ったという事だろうか、何も言わない月森にどうしようかと悩んでいると不意に歩みが止まった。
「つき……」
「彼に譲ってしまったから練習は家でやろうと思うが、時間はあるか?」
 思いがけない誘いに驚いたがは嬉しくて、つい二つ返事で了承してしまった。月森の家には何度かお邪魔した事があり、ご両親が不在の時には一緒に食事したこともあった。
    居心地のいい落ち着いた家で、品の良さや住んでいる人の温かい雰囲気がわかる。
「お邪魔します」
「どうぞ。俺の部屋はわかるな?先に行っててくれ」
 そう言って月森はキッチンの方へ行ってしまい、残されたは了解を得て月森の鞄とヴァイオリンを持って二階へと続く階段を上がった。
 いつも整理整頓されていて、散らかっているところを見たことがないのはさすが月森だと思う。クラシックで埋め尽くされたCDラックに、音楽関連の本や辞書が多く鎮座し、主が何に心を傾けているのかすぐに分かる。
 自分も音楽科にいてピアノを専攻しているが、こんなに没頭して続けていけるかなんてわからない。音楽が好きで星奏学院に入ったのに本末転倒だとも思う。
 部屋に置いてある艶やかな色をしたアップライトピアノにそっと指を這わせていると、ドアが開いてグラスを手にした月森が少し嬉しそうに微笑んでこちらを見ていた。
「ごめん。勝手に触って」
「いや、良ければ弾いてくれないか。のピアノが聞きたい」
 そういうと月森はテーブルの上にグラスを置いて、ヴァイオリンケースに手を伸ばして蓋を開けた。
 演奏を聞きたいといわれて嬉しくなったが、月森がヴァイオリンを出すということは聞くのではなくて一緒に弾くの間違いじゃないか。そう思ったときには月森はチューニングも済ませて準備万端でこちらを見ていた。
「……何がいい?あまり技巧系の曲得意じゃないし覚えてないぞ?」
「ピアノの楽譜もあるから、それから選んでもいい。それに俺がツィガーヌを弾いたからといってそればかり弾いているわけでは」
 少し困ったように眉を顰める月森を見て、嫌味のつもりではなかったがそう聞こえたのだろうと軽く自己嫌悪に陥った。
「あ〜、そう、だよな。ごめん。時々思うんだ。きっと月森はもっと上手くなって俺の手の届かない場所にまで行けるだろうけど、俺はどうなんだろうって。織姫と彦星みたいに年一回しか会えなくなっても変わらないでやっていけるのかな」
「織姫と彦星?何を言ってる?」
 月森にそう聞き返されて自分が口走った脈絡のなさに嫌気がさしたが、この際聞きたかったことを聞いてしまおうと意を決して月森の真剣な瞳を見つめ返した。
 きっと呆れたような顔を浮かべながらも茶化したりせずに、きっと真っ直ぐに見つめて答えを出してくれる。
「あぁ、七夕か。要するにこれから先、俺達が一緒にいれなくなったらという事を前提に俺に聞いているんだろう?俺ならそもそも別れて暮らなくてはならないほど仕事を放り出したりはしないが」
「う……」
 ごもっともな意見が出て何もいえずに唸ると、仕方がないと嘆息を漏らして月森がヴァイオリンを置いたのが見えた。
「月森?」
 そっと力強く抱きしめられて、耳の傍で月森の心音が聞こえてその速さに驚いて顔を上げた。
 見上げた月森の顔は赤く染まっていて、照れたように視線を合さないのが可愛く見えてしまって仕方が無い。
「俺から離れていくことはない。例え距離が遠くてもずっと傍にいるから忘れないでくれ」
「ありがとう」
 素直にそういえば月森がの髪に口付けをしたのが、鏡越しに見えて顔を隠すように月森の胸に顔を埋めた。

ー幕ー

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