今日は色々な学校から選ばれた人達が集まってレッスンやセッションを行う選抜合宿一日目で、緊張もしたが他の人の演奏も聴けて楽しかった。 本当なら選ばれていないだったが、柚木先輩の辞退で志水くんが参加になったついでに金澤先生の推薦でが追加された。 嬉しい半面で色々な人間がいるからか少し戸惑いがあり、蓮と話をしようと思っていたのだがどうやら疲れからか蓮が帰ってくる前に先に寝てしまったらしい。 ベッドに入ったのが原因だろうが、それでも少し位話したかったのに悲しくて目を閉じている蓮の横顔を見ていた。 淡い水色の髪にいつもまっすぐ人を射ぬくような視線を放つ瞳が印象的で、それが今は閉じられていて人形のような気がする。 指をそっと伸ばして触れようとしたが、寝ているのを起こすつもりはなくてそっとは自分の手を握りしめた。 同じ部屋になれたのは良かったが別のレッスンで、殆ど顔を合わせる事もないのが少し悲しいと思ったが仕方がない。 最終日に集まってする演奏会が凄い楽しみで、出来れば蓮と一緒に出来たらいいなと思っていた。 「ねぇ、あなた星奏学院の生徒なの?」 「え?」 午前のレッスンをする部屋に行く途中で、見知らぬ少女二人に話しかけられて思わず足を止めて振り返った。 二人とも共通しているのはヴァイオリンケースを持っていることぐらいだが、嬉しそうな笑みを浮かべてこちらを見ているのに少し警戒したのは仕方が無い。 「月森君、知ってるわよね?同じ学校で同じ楽器や ってるんだし」 「あのね……」 そろそろ行かなければ先生を待たせる事になると思いながら、が口を開いた瞬間少女達の顔が驚愕に変わり視線がの真後ろを見ていた。 「あ、の?」 「君たちはそんな話をしにここに来たのか。時間があるならきちんと身につくことをするべきだろう」 が後ろを振り向くとじろりと睨みつけている蓮がいて、少女達は一目散にを放って走り去ってしまった。 「も先生がお待ちだから早く行くといい」 「あぁ、ありがとう。……今夜、部屋で待ってるから」 すれ違いざまにそう呟けば蓮は驚いた顔をしたが、すぐに少し微笑んでわかったと言ってくれた。 『レンがさっき通りかかってね、君の事を聞いたら褒めていたよ。毎日遅くまで練習していて、繊細な音を出すけれどそれだけじゃない。彼は君の音が好きだって。良かったね』 先生の口から聴いた瞬間蓮の顔が頭に浮かんで、慌てて火照った顔を冷まそうとして失敗して練習中、ちらほらと蓮の顔が頭から離れなかった。 『申し訳ないね、こんなに遅くなるとは……』 「いえ、こちらこそありがとうございました」 夕 方には終わるはずが先生も熱中しすぎて、雑談を交えながら楽しかったレッスンは気付けばもう窓の外は暗くなっていたのには二人で慌てた。 正確な時間を言った訳ではないが蓮が待っている気がして、急いで部屋へと戻るとベッドで譜読みをしている連の姿があってほっとした。 「お、待たせ」 「そんなに焦らなくても良かったが……。はもう食事をとったのか?」 聞かれるまでお腹が減っている事など分からなかったが、言われてみればもう空腹を訴えていてぐるぐるとお腹が鳴っている。 「……減ってるみたいだな。行くか」 「う……笑うなよ、蓮」 苦笑しながら部屋を出る蓮の背中を見ながら、もしかしたら食事に行くのを待っていてくれたのかと思うと申し訳ないと思うのと同時に嬉しくて仕方が無い。 ざわざわと人の声が聞こえる食堂は生徒達で溢れていて、その中で窓際の少し落ち着いた席へと座った。 バランスの取れたものを作ってくれているらしく、どれも美味しくてゆっくり食べていると向かいに座った蓮がこちらを見ているのに気付い た。 「どうかした?」 「いや、昨日は先に寝ていたから具合が悪いのかと思った。大丈夫そうで良かった」 「あぁ……いや、ごめん。寝るつもりはなかったんだけど」 「疲れていたんだろう?別に無理して起きてなくていい。ただ……」 言いよどむ蓮が珍しくて小首を傾げると、蓮は言い難そうに口を濁したが結局は根負けをして口を開いた。 「じゃあ、蓮も同じように寂しかったんだ」 「寂しかったんじゃない、話をしたかったといってるんだ」 「でも、それって同じことだと思うよ」 くすくすと笑いながらがいうと、眉間に皺を寄せてこちらを見ている蓮がいてこうしてじゃれられるのが嬉しくての笑いは止まらなくなっていた。 「そうか、では、もう一緒に演奏してやらない」 「あ、横暴」 早足で歩く蓮を追いかけてが走ると、ちらりとこちらを振り返って右手をこちらへ差し出した。 掌を上に向けているから何かをくれるわけではなさそうだと思っていると、焦れたように手首を掴まれる。 「明日の演奏会をと出来るように先生に頼んできた。だから練習しよう」 「本当?曲は?」 嬉しくて蓮の手を握って見上げると、仕方のないやつだと言いたそうにこちらを見ている瞳と目が合った。 「ラヴェルのツィガーヌ、練習中だろう?先生がそれがいいとおっしゃっていたから、今日は俺が教える」 「えぇ?」 「何か問題があるのか」 「いや、ないです」 蓮くらいしか弾けないんじゃないかと思う難しい曲だが、蓮の音と自分の音が重なるのを想像すれば嬉しさでぞくりと身体が震えるような気がする。 そっと蓮の指と自分の指を絡めて、これから始まるレッスンに心を躍らせた。 ー幕ー |