ざぁっという音と共に薄紅色の花びらが舞い上がり、それと共に艶やかな黒髪が靡く。 髪を押さえる細い指先が、唇が紡ぐフルートの音色は繊細でありながら、優美で美しい旋律を奏でるのをは聞くのが好きだった。 「あぁ、此処に居たんだね」 優しい声音と爽やかな微笑みを浮かべた柚木がこちらに向かって歩いてくるのを、は桜の木の下に座りながら見ていた。 同じクラスになってから何かと世話を焼かれているうちに、違うクラスにも関わらず火原とも仲良くなり何かと声をかけられる。 そんな火原を見ていると柚木と同じコンクールメンバーであるのが段々羨ましく思えて、自己嫌悪に陥りそれを表に出さない様にするのが難しかった。 「いや、昼寝にはもってこいだよ。春の間だけじゃない?此処」 静かに見下ろす柚木はクラスメイトにするような表面上の笑顔ではなく、少しの蔑みを含んだ諦めの笑みを浮かべていた。 「そう、そんな理由で俺は何処にいるかわからないお前を探さなければならなかった訳か」 「探した? 柚木が?」 昼休みに入ってからすぐに校舎から出て来てしまったし、柚木はコンクールの集まりがあった筈だ。 何か急用だったのかと問うように整った柚木の顔をみつめれば、ふっとの前が陰ったと同時に唇に柔らかい感触がした。 そっと柚木の指がの髪に触れて、ついていた桜の花びらを摘まんで風に飛ばす。 「ゆの」 口を開こうとすればそっと唇に指を当てられ、黙れと言うように口を封じられる。 「僕が言いたい事はわかるだろう? も馬鹿じゃないんだ。思い出せないなんていうつもりなら僕にも考えがある」 ふっと人を貶めるような笑みを浮かべている柚木を前にして、には一つの可能性が頭を掠めてそっと口を開いた。 「梓馬」 二人きりの時にしか口にしない呼び名を呼べば、ふっと嬉しそうに笑みを浮かべて柚木は先程より深い口付けを交わす。 学校にいる時は誰も柚木の名前で呼ぶ人はの知る限りでは存在しない。 それをが堂々と呼ぶのは勇気がいるし、柚木も変な事でに注目されるのを望んではいなかった。 結果学校では呼ばないと言う暗黙の了解が生まれたのだが、今日に限って二人きりだとしてもそれを理由に怒られるとは思わなかった。 「不意に君のその声で名前を呼ばれたくなってね」 「は……」 まさかそんな言葉が柚木から出て、しかも何処にいるかもわからない人間を探すなんて無茶をするなんて柚木らしくない。 だが、そのらしくなさを引き出したのが自分だと思うと、優越を感じて笑みを浮かべて目の前の柚木の頭を引き寄せて抱き締める。 全てをこの桜のせいにして、狂ってしまえばいい。 薄紅の花嵐に隠れるようにして柚木の唇に口付けた。 ー幕ー |