確かにしっかりと握っていたはずなのに、するりと離れた手を掴もうと手を伸ばした所で不意に目が覚めた。 一体どんな夢だったのか覚えていないが、絶対にこの手だけは離してはいけないという想いだけがしっかりと残っていて土方は苦笑しながら己の手を見つめる。 とても大事な人の手だった気がするのに、周りの風景はおろか手しか覚えていない。 「相手の顔も覚えちゃいねぇってのに」 ぽつりと漏らした言葉に答える者はなく起きなくてはと思うけれど、どこかもう少し続きを見たかったと残念に思う気持ちが大きかった。 不意に朝の光が差し込み土方が視線を上げると、戸惑いを隠せない表情でがこちらを見つめていた。 「具合……悪いんですか?」 どうしようかという戸惑いが手に取るようにわかって、土方は苦笑しながらなんでもないと首を軽く横に振った。 多分土方が朝食の時間になっても現れないために、誰かの指示で平隊士であるが起こしに行く事になったのだろう。 勝手に人の部屋を開けるような人間ではないから、気付かなかったがもしかしたら声くらいかけられたのかもしれない。 土方がの顔を見上げるとこちらを心配そうな瞳で見つめていて、平気を装うにも失敗した事を悟った。 土方がいるものの己の右手を見たまま動く気配がないのでは、誰が見ても何かあったと思うだろう。 不安そうな顔をさせたくないのとに触れたくて、土方は笑みを浮かべて今一番欲している人の名を唇にのせた。 「、こっちに来い」 優しい声音に誘われるままに近寄ったの腕を掴み、荒っぽくならないように気をつけながらも少し強引に自らの膝の辺りに乗せた。 いつもと違う土方に戸惑っているのか、視線を泳がせながらも反抗してこないに笑みを浮かべて優しくその身体を腕の中に閉じ込めた。 皆来るのを待っているだろう事はわかっていたが、それでもを手放す事が出来ずにただその暖かさにゆっくりと浸っていた。 「土方さん」 優しい声音でが呼ぶから見つめれば、優しい瞳とぶつかって何もかも許されるような錯覚に陥った。 と、不意にの瞳から綺麗な雫がこぼれて、土方は驚いて優しく指で涙を拭った。 「泣くな。泣かれるのは苦手なんだよ。どうしていいのかわからねぇんだ」 はびくりと肩を揺らして泣き顔を見せないように顔を背けようとしたが、土方の指先がの顎を捕らえて瞳を合わせられる方が少し早かった。 土方の端正な顔立ちが近づいて来るのがわかっていても、逸らす事は許して貰えないまま唇に口付けをされた。 触れるだけの口付けでは足りなかったのか、一度唇が離れてから今度は深い口付けをされては身体から力抜けそうになった。 「嫌なら抗え」 「貴方に求められて……嫌なわけないじゃないですか」 はっきりと告げられた答えに土方は満足そうに笑みを浮かべて、愛しい手をそっと握り唇に押し当てた。 「朝食……皆待ってんだろ」 今更のような気もするが、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう。 の背を軽く叩いて立つように促してから自分も起き上がろうとすれば、が慌てたように土方の身体を支えるから苦笑が漏れた。 「少しはこちらの身になってください。無理ばっかりするから俺の心臓が持たないんです」 「じゃあ、なんだ、お前を手元に置くには心配かけさせりゃいいのか」 「それ、違うでしょう。早死にさせたいんですか」 軽口を叩ける程度にはいつもの調子が戻ってきたようで、土方は内心ほっと息をついた。 いつまでもこうして一緒にいられたらいい、他愛もない事で笑ったり怒ったり泣いたり出来たらこんなにうれしい事はない。 あと、願うならの傍にいられるのは自分だけであればいい、そう思うのは傲慢かもしれないがそれでも隣を譲りたくないと思う気持ちは本当で。 「お前の手だけは離さない」 呟いた言葉は桜だけが聞いていた。 ー幕ー |