いつも気づけば隣にいて見守ってくれている、にとって千景は夜空に輝く月のような存在だった。 今日はその月は雲に隠れて見えないし、にとっての月は薩摩との会合のために出かけてしまっていた。 天霧は薄着のままでいつまでも部屋の中に入ろうとしない青年を嗜めるようと縁側に出たが、静かなこの時間の流れの邪魔してしまうのではないかと一瞬迷った。 言葉を発するものはなく、ただ静寂だけが夜を支配している。 「風間は遅くなりそうですから、先に休んだ方がいいですよ」 「なんか寝つけなくて。天霧さんこそどうしたんだ?」 長い手足がすらりと闇の中に浮かび上がって、目の前の青年が儚く触れたら消えてしまうように思える。 縁側の柱に背を預けぼんやりと庭を見つめる瞳は、夜でも解る鮮やかな赤で少し怖くもあって見るものを惹き付けるが、いつも見つめているのはここにはいない一人の男だった。 同じ鬼であり戦で両親が亡くなり風間が抱えて連れて来たが、ただ黙っているだけの脱け殻のようでこの先どうなるかと思った。 今では天霧より風間になついていて、あの暴虐武人な風間にも良い影響を与えている。 「私は……」 「こんな処で何をしている」 天霧が口を開いたとき待ち焦がれていた風間の声が響いて、は微笑むと風間の傍へと近寄った。 「千景様、おかえりなさい」 は嬉しそうな笑みを浮かべて風間を見つめると、風間は自分の羽織をにかけて目線を合わせる。 にとって見慣れたはずの風間の顔だけれど、一番好きで今では見ていたいのに見ると落ち着かなくなる。 「天霧、酒を持って来い」 の頭を優しく撫でながら、傍らにいる天霧を駒のように人を使い、何度窘めても直そうとしない風間の悪い癖だ。 天霧はため息をつくと酒の用意をする為に奥へと姿を消した。 どかりと縁側に腰を下ろした風間は不意に上を見上げて、ちらりと横に腰掛けているを見つめた。 「、何か願い事はないのか」 「願い事、ですか?」 唐突な問いには驚いたが風間が戯言ではなく真剣な表情で見つめるから、空を見つめながら静かに口を開いた。 「いつまでもここで千影様達と一緒にいられるように、じゃ駄目ですか」 好きな風間と一緒にいられて、何不自由なく過ごせる今が一番幸せな気がしてくる。 そう思って素直に答えたのがいいのか悪いのか、風間は楽しそうに肩を震わせて笑っていた。 「悪くはない答えだな。まぁいいだろう。今日は七夕だからな、お前の望みを叶えてやろうと思ったがその必要はないか」 「あ、今日だったんだ」 ぽつりと呟けば気付いていなかったのかという目で見られて、日付感覚を失っていた事が少し申し訳なく思う。 そういえば自分の願いは言ったが、当の風間の願い事は何だろうか。 鬼の世界を作る事なのか、鬼が人とは離れた土地で静かに暮らすことなのか、もしくはあの女鬼と子を成して一緒に暮らすことなのか。 どれも風間にとって大切な事のように思えてきたが、自分は風間の為に何が出来るのだろう。 「俺の願いはもう叶っているから構わんがな」 「え?」 予想外な答えに風間を見ると酒を飲みながら嬉しそうに微笑む風間の姿があって、は自分が好きな二人きりの時間を風間も大切に思ってくれてるような気がして何故か嬉しかった。 しかも叶えてくれるつもりだったと言ってくれたのが凄く嬉しかった。 「それ、聞いてもいいですか?」 「……聞いてどうする」 「俺も千影様の願いを叶えるようにします」 自分ばかり守られたり、気を使われるのは性に合わないし好きな人の事なら知りたいと思うのは当然のことだろう。 風間は杯の中の酒を飲み干すと、静かに言葉を紡ぎだした。 「が俺のものになるように」 言い方が風間らしくて思わず笑うと、風間は心外だとばかりに眉間に皺を寄せた。 願わなくても風間に心が向いているのを知っているから、だからさっき願いは叶っているといったのだろう。 「千影様は俺のものになってくれますか?」 「それも今更、だな」 「はい」 風間はを引き寄せると、そっと床に押し倒して唇を重ねた。 の瞳には愛しい人と、いつの間にか雲が晴れた月が映っていた。 ー幕ー |