女物の淡い桃色の着物に袖を通して帯を締め、少し長い黒髪を結い上げてそこらにいる町娘より綺麗な化粧の仕方をする。 一連の支度を手伝いながら見つめていると、ふと鏡越しに目があって薫は目元を和ませて笑った。 「?」 「いや、なんでもありません」 元々綺麗な顔立ちの薫が女子の姿をしているのを見ていると、本当に女性ではないかと時々思ってしまう。 薫が南雲家に来たときから知っているが、こんなに綺麗に着飾った薫を見るのは初めてでそこらを歩いている町娘より可愛いのではないかと思う。 は薫が家族のような、それでいて家族ではありえない特別な感情を抱いているのをひたすら隠していた。 自分の気持ちに押さえが利かなくなり告白をした事もあったが、薫は笑みを浮かべただけでそれ以来色恋の話はする事がなかった。 してはいけないと言う決まりがあった訳ではない、しなくても互いを思っている事はわかっていたから敢えて言う事がなくなった。 は薫の為でなければ京で暮らすなんて面倒な事はしなかっただろうし、薫は本当に嫌いな人間なら傍に置くことはするはずもない事はわかっている。 薫の艶やかな黒髪に簪を差しながら見ると、唇に紅を差している所で伏し目がちな瞳が言い様もない色気を放っているような気がした。 「今日は新撰組に挨拶して来るから。楽しみだな、千鶴の顔が早く見たいよ」 嬉しそうに笑う薫は綺麗で思わず見惚れたが、どうしても気が乗らないのは新撰組が物騒な男達と聞いているからだろうか。 いきなり乱暴を働く事はないと思うが、最近昼間といえど物騒な連中は多いしあまり薫を人目に晒したくはない。 だがきっと一度決めた以上やめろと言っても聞かないだろうし、今日の為にしてきた準備が無駄になってしまうのも気がひける。 「千鶴が覚えてるといいですね」 今は気持ちがすれ違っているとはいえたった一人の肉親が生きている、いつかは笑い合える日が来てもいいのではないか。 きっと薫に言えば戯言を言うなと笑い飛ばされるだろうが、はそう思えて仕方が無かった。 がそう笑いかけると、薫は悪巧みを考える無邪気な子供のように笑ってきっぱりと断言した。 「いやきっと覚えてないよ。覚えてなくていい。これから僕が味わった苦しみを千鶴にも与えてあげる」 「なら、私には」 その苦しかった思いを自分にも分けてくれないのか、これからも一人で背負っていくつもりなのか。 不意にそんな不安に襲われて口を開けば、鏡に向いていた薫が不意に後ろを振り返ってとまっすぐ視線を合わせた。 少しも曇る事のない意志の強い瞳が時々暗く濁るのは、紛れもなくその身体に流れる鬼の血のせいなのはわかりきったことでどうしようもなく苦しくなる。 ただそれでも鬼や新撰組にいる妹の事が終わったら、その時は二人で平和に暮らしたいという夢だけは捨てる事が出来なかった。 「は連れて行ってやらない」 はっきりと告げられる拒絶に胸が痛むが、一緒にいるだけが薫を支えられる訳ではない事も重々承知している。 薫が新撰組と接触する事で妹に薫という存在を植え付け、は長州や薩摩の藩士らと行動を共に新鮮組へと一矢報いるようにたきつけなければならない。 その為に通うのに慣れていない島原に繰り出し、酒を飲み交わし新撰組に敵意を持つ相手の懐へ飛び込み情報を操る。 「わかっています。私にはやるべき事があります」 「でも、これも知っておいて損はないと思うよ」 薫はそう言いながら楽しそうにくすくすと笑ったかと思えば、いきなりの着物を掴むとそのまま自分へと引き寄せた。 「薫さんっ」 とっさに鏡台へ手をついて身体を支えると、薫は人の悪い笑みを浮かべてそのしなやかな腕をの首へと回して引き寄せた。 唇が触れるほど近づいた薫からは甘い香りがして、着物に焚き染めた香だと気付くのに時間が掛かった。 「僕はにしか触れないし、触れさせるつもりもない。だからも触らせたりしないで。でないと、屍が増える事になるよ?……本当はここにも連れてくるつもりはなかったんだけど仕方ないか」 「薫さん?一体なんの……」 は薫の言葉が気になって問いかけようとしたが、逆に何も言うなというように唇を塞がれてしまい仕方なく瞳を閉じた。 年は薫の方が下のはずなのに、翻弄されてばかりで悔しくもあるがそれはそれでいいかとも思ってしまう。 柔らかな唇の感触に浸っていれば、薫の手がきつくの袂を握っている事に気付いて優しく着物から外して手を握りしめた。 まるで縋るものがそれしかない様に思えて、は優しく薫の指先に唇を寄せて口付けを落とす。 「勝手に生きることも死ぬ事も許さない。僕のものだ」 の頭を抱えるように抱きしめて、その髪の感触を、体温を忘れないように薫はきつく瞳を閉じた。 だけは手放したくはない。 この件が片付いたらと一緒に暮らすのも悪くはないな、と思った。 ー幕ー |