寒空の下で

 段々寒くなってくる今日この頃、布団から出るのも辛くなってはもぞもぞと掛布団を被るように丸くなった。
 もう季節は秋から冬に移り変わっているとはいえ、どうしてこんなにも朝の冷え込みが辛いのか。もちろん、京という地形の関係があるのだがにとってそんな事は関係なく、頭の中に温かい布団から出るという選択肢はなかった。
「おい、起きてるか」
 障子の向こうから聞こえた声は紛れもない鬼副長と言われている土方のもので、寝たふりを決め込みながら一応返事をした。
「寝ています」
 布団の中からそう言うと聞こえたらしく、くくっと笑い声が聞こえてちらりと目を向けると笑みを浮かべている土方と目があった。
 この間同じように寝ていて返事をしなかったら、勢いよく布団を剥がされて身の凍る思いをした。
 時間通りに起きればいいのだろうが、どうも朝は弱くていつも朝食前に土方に起こして貰うのが日課になりつつある。
「ほら、いつまでも寝てると源さんの朝飯食いっぱぐれちまうぞ」
「源さんの……行く」
 のんびりと立ち上がると、土方に腕を掴まれて立ち上がるのを助けられる。そんなに危なっかしいように見えるのかと見ると、優しい視線で見つめ返されてぼんやりと綺麗な紫色の瞳を見ていた。
 苦笑を漏らして軽く口付けをしてくる土方は、他の隊士がいう鬼とは程遠い気がして他の人間が知らない土方を知っている優越感を感じた。
「お前一人になったら何も出来ねぇんじゃねぇか」
「一人になる予定なんかないから」
 目の前にいる色男は色街に出れば引く手あまただろう事はわかっているが、そう易々と他の人間に譲ってやるつもりもない。
 土方の首に手をのばし抱き寄せると、仕方ない奴だと土方の瞳が語っていたが反対に抱きしめられる。力強い腕に抱かれていれば何も心配いらないような気がして、頭を肩に預けて瞳を少し閉じた。
 局中法度という破れば切腹という厳しい決まりを作ったのも、隊士一人一人に厳しい目を光らせて時にはやっかいな男だと思われる事も全ては新撰組の為に自ら損な役回りを担っているのを知っている。もちろん、古くからの知り合いの近藤や山南や斉藤なども承知しているだろう。
 はちらりとそんな不器用な男を盗み見ると、眉間に皺を寄せてこちらを見ている瞳とかち合った。
「おい、てめぇ、いつまでこうしてるつもりだよ」
 の手は未だ土方の首に回ったまま、離れようともせずにこちらをぼぅっと見たきり動く気配がない。誰だって不審に思うだろう。
「なんか……離れるの勿体ない気がして。どうせ飯食ったら部屋に戻って仕事、だろ?」
 新撰組の為に出来る事しかしていない、と本人は言うが毎度の事のように夜遅くまで部屋の明かりがついているのを知っている。かといって邪魔するなんて事は出来ないし、身を案じる事しか出来ない歯がゆい思いをしていたのを吐露するつもりもなかった。
 だが思っていたより恨めしい声が出てしまって、土方の反応が怖くてするりと腕を離した。いつだっての中心はこの優しく不器用な男で、一番嫌われたくない相手なのだと思い知った。
「今日は……そうだな。お前、確か巡察は夜だったはずだな?」
 こくりと頷けばくしゃりとの頭に大きな手を乗せて、土方は嬉しそうな笑みを浮かべての手に口付けを落とした。
「ならお前の時間を全て俺に寄越せ。……これは副長命令だ」
「横暴な副長だな。そんな事しなくても俺の全ては土方さんのものなのに」
 土方の命令ならきっと自分はどんな事でも出来る気がする。沖田が近藤さんの為ならなんでもすると言っていた気持ちがわかった気がした。
 命令と言いながらこんなに優しい瞳をするのは卑怯だと思う。
 それでも今日一緒にいられる事に喜びを感じて、急いで着替えを済ませて広間へと足を運んだ。
 今日は絶対に傍にいてやると心に決めて。

ー幕ー

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