新撰組と言えば最近京の街で見かける浅葱色のだんだら羽織来ている集団で、その名を聞かない日はないと言っても過言ではないほど良くも悪くも有名になっていた。 はその新撰組の巡察を揚屋の二階から、酒を口に運びながら静かに街を見下ろしていた。 障子に軽く背を預けて少し横を向けば、他の店の灯りや喧騒が聞こえてくる。 長州潘に属しているにとって新撰組は敵となるが、個人的恨みはないしあちらが仕掛けて来ないうちは腰に差した刀を抜くつもりもない。 ふとのいる揚屋の前を歩く七、八人の新撰組隊士の一人が立ち止まり、ゆっくりとこちらを見上げているのに気づいた。 茶の髪で独特の結い方をした青年が、楽しい玩具を見つけた子供のように目を細めてを見つめている。 も笑みを浮かべると彼、沖田総司は衣を翻して先を歩く隊士達の後を追った。 「旦那はん、誰かお知り合いどすか?」 酒を持ってきた少女はの近くに盆を置くと、ちらりと外を覗いたがそこにはもうちらほらと町人がいるばかりだった。 「いや?ありがとう」 がそう言うと、少女は軽く頭を下げて部屋を出ていく。 長い事通えば嫌でもの扱いに慣れてくるらしく、言葉少なく話すに必要以上に女性達は来なくなった。 誰も居なくなった部屋を見渡しながら小さくため息をつくと、京に来たばかりの事を思い出す。 浪人に絡まれて叩き切ろうとした所で総司と出会い、今では時間さえあれば二人で酒を呑むほどの仲になっていた。 知り合った頃は互いの素性などは話もしなかったし、知る必要がないと思っていた。 不意に廊下から襖越しに声がかかり、は沖田が行った方を見つめながら酒を口に運んだ。 「旦那、少し宜しいですか」 「あぁ」 襖を開けたのはこの揚屋の主人で、長州や薩摩に手を貸したり資金援助をしている男で、も少なからず助けてもらっている。 視線をやれば深々と頭を下げている主人の頭が見え、は酒を注ぐ手を止めて目を細めた。 「文が届いております」 「わざわざすまない。ありがとう」 主人が差し出す文を手に取り開くと、見慣れた沖田の字で時間と場所が簡潔に記されていて付け加えて来るなら来ればと書かれていた。 来て欲しいから文を書くくせに素直でないのはあの男らしいとも思うが、いつまでも長州である自分と新撰組の組長が親しいというのも考え物かも知れない。そろそろこの辺が潮時かもしれないと、は重い腰を上げて寒空の下出掛けた。 「何、辛気臭い顔してるのさ。折角のお酒に悪いとおもわない?ちゃん」 「……なぁ、一つ聞いてもいいか」 けらけらと笑いながらの杯に酒を注ぐ沖田に頭が痛くなってきたが、どうしても言っておかねば気が収まりそうも無い。 沖田を睨みつけながら注がれた酒を一気にあおり、は吐き捨てるように口を開いた。 「なんで今日に限って島原で、しかも姐さん達を呼んでるんだ?てめぇ、この間は二人だから呑み屋でも十分だって言ってただろうが」 「嫌だなぁ。このお姐さん方にを連れてきてって言われたんだよ。なんでものいる揚屋に出入りしてるお姐さん方が綺麗な人がいるって言ってたんだって」 「そうなんよ、うち、聞いてたんやから。えらい男前の綺麗な兄さんがおるって。そうしたらその人沖田はんの恋人や言うし、一回見てみたいなぁって」 人の知らないところで勝手に話を盛り上げられて怒るどころか何も言えなくなり、仕方なくは沖田を睨みつけたが何か聞き逃してはならない事を言っていた気がする。 「誰が恋人だって?」 「だから、は僕のだからって手を出さない約束で連れてきたんだよ。やだなぁ、お姐さん、まだ恋人じゃないってば」 「まだってなんだ、まだって」 男色もあると聞いた事はあるが、まさかここで自分の身に降りかかってくるとは思いもしなかった。 沖田には好感も持っていたし色々と面倒なヤツだとは思ったが、一緒に居て楽しいと感じたからこそこの付き合いが今でも続いているのだろう。 だが、それとこれとは別だろうと言おうとしたとき、不意に唇に温かく柔らかいものが触れて離れていった。 「これからも離すつもりはないし、ましてや他の男にあげるつもりもないから。覚悟しておいてね」 ちらりと横目で見た先には何故か一緒に嬉しそうに笑っている沖田と姐さんがいて、なんともいえない気分になった。 とんでもない男に好かれてしまい、しかも男に口付けされても嫌悪感がないことに内心驚いた。 「夜は始まったばかりやさかい、今日はお布団ひこか?」 「ありがとう」 にっこりと笑って言う沖田と姐さんに半ばやけくそで酒をあおるに、沖田は笑みを浮かべた。 ー幕ー |