雪が舞う頃に

 ふわりと舞い降りた雪は、月夜に照らされて白く浮かび上がりながらふわふわと地面に落ちていく。
 その幻想的な中で綺麗に輝く月が、一人で剣を振るい続けている斎藤と雪を照らしていた。
 輝く刃が綺麗で恐ろしさや怖さは全く感じられず、ただひたすら真剣な瞳で熱心に刀を振るう斎藤に心を奪われる。
 今宵は三日月で満月とは違う美しさがあり、斎藤の整った顔立ちが月明かりに照らされていた。
 じっと見つめていると視線を感じたらしい斎藤と瞳が交わり、少し驚いたような顔をした後すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
、何をしている」
 斎藤は木の裏側に蓙をひいて座っているに声をかけたが、彼は手にした杯を少し掲げてぽんぽんと隣を叩いて促しただけ。
 本当はもう少し剣を握るつもりだったが、こんなに嬉しそうに笑うに異を唱えられず、嘆息しながら仕方なく隣に座るとまじまじと斎藤を見つめて口を開いた。
「一は綺麗だな」
「なんだ、藪から棒に」
 唐突の誉め言葉に照れるよりも不信感の方が強くて、を見れば頬は少し赤くなっているのが暗闇でもかわる。
 酔っているのかと問いかけようとした唇に温かい体温を感じて驚けば、の長い睫毛がすぐ傍で微かに揺れているのが見えた。
 口付けされていると気付いたのは甘い唇が離れた頃で、自分でも思いの他嫌だと思わなかったのは驚いたが元々好意を寄せていただけに嬉しさが勝る。
「不意打ち」
 だが酔っ払いに絡まれているような気も拭えず、楽しそうに笑うに何故か腹が立ったのも正直なところだった。
 斎藤はが持っていた杯を取り上げて、一気に自らの口へと甘い酒を流し込んでから床に置いた。
「お前は……酔えば誰でも構わぬのか」
 そう自分でも予想出来ないほどきつく問えば、は驚いたように斎藤の顔を見つめたが不意に口角をあげてにやりと笑った。
「それは一だけだったらしても構わないという事だよね?」
「それは……」
 斎藤は赤くなりながら否定を口にしようとするが、は聞こえない振りをして笑っているだけで遊ばれているようで面白くない。
 それにさきほど勢いで飲み干した酒が喉の奥を熱くしたせいか、何故か無性に咽喉が渇いて仕方ないような飢えを感じる。
 ふと目の前のの唇が赤く濡れているのを見て、斎藤は顔を紅くして空に浮かんだ月へと視線を逃がした。
「一ってわかりやすいって言われない?」
「いわれた事などない」
 しな垂れかかる様には斎藤との距離を詰めてきて、動く事もできずにちらりと見下ろせば整った美しい顔が月下の光に照らされて輝いていた。
 同じ新撰組の一人として剣を交えたこともあるし、血生臭い事も一緒にやってきた仲だがどうもだけは自分とは違い綺麗なままのような気がして仕方がない。
 斎藤は空になった杯に酒を注ごうとすれば、手酌なんて味気ないことをするなというようにが先に酒を注いでくれる。
「すまぬ」
「俺の注いだ酒、ありがたく飲みなよ。一にしか注がないから」
「……?」
 の言う意味が分からず小首を傾げると、わからなくていいよと明るい口調で流されてしまった。
「気になる」
「一って本当に真面目だよね。一回しか言わないからな」
 それで良いと頷けば、は酒を呑みながら静かに唇を開いた。
 以前呑みの席で誰にお酌をして欲しいかという話になり、花もない新撰組でお酌もないだろうと思っていただったが、誰が言い出したのか寄りによってが良いという声があがり、追い掛け回される破目になったらしい。
 それ以来酒は手酌が一番いいという結論には至ったらしいが、確かにむさ苦しい男共に注がれるよりは見目が良いのほうがいいと思ってしまうのは仕方が無いことだろう。
 斎藤はそう思ったが軽く笑って、の飲み終わった杯に酒を注いだ。
 これから酒の席ではの近くに座り彼の酒を呑むことにしよう、きっと彼は自分の為に注いでくれるに違いないから。

ー幕ー

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