夢の中まで

 見ているだけで良かったのに、あの人はの心にいつの間にか居座ってしまってそれが心地よいと感じてしまう。
 斎藤以外は薄い霧がかかっているようで、周りがはっきりしないからきっと夢なんだろうと思う。
 ここから斎藤が出ていく気配もないが、かといって近づいて来る気配もなくただこっちを見ている。
 それだけなのにこんなに気になってが斎藤だけを見ているのは、きっとこの人を好きとそういう事なんだと思う。
 背はそれほど高くはないが、時折優しい瞳をしているのを見たことがあってそれが自分に向けてではないと知った時は悲しくて仕方がない。
 さらさらと流れる黒髪に心地よく響く声。
 でも見るだけじゃ足りなくて、その顔に手に触れたくてそっと手を伸ばす。
 その瞬間、都合のいい夢は終わりを告げた。
「いつまで寝ているつもりだ」
 静かだが有無を言わさぬ力を言葉の端に感じてはっと目を開けると、同じ新撰組隊士であり恋人の斎藤一の顔がすぐ目の前にあった。
 さっきまで見ていた顔だがやはり夢とは違って、の心臓は大きく跳ね上がり嬉しさが心を満たしていく。
「……いや、今……」
 起きると言おうと思っていたのに、眉間に皺を寄せて睨み付けてくる瞳で上から覗き込まれて思わず斎藤の顔をじっと見つめた。
「まだ寝てるのか」
 夢で出来なかったからと言って本人にやるのは間違ってるとは思うが、斎藤に触りたくてそっと手を伸ばすと逆に手首を掴まれて布団に縫い付けられてしまう。
「斎藤……?」
「そんな顔をするな」
 そう言うなり噛みつくように唇を奪われて、驚いて目を見開けば小さく斎藤は笑っての瞳を見つめながら口づけを深くした。
「ふ……」
 吐息を漏らせば簡単に唇が離れて行ってしまい、それが悲しくもあるが誰かに見られたりでもしたら危ないことも重々承知しているから仕方が無い。
 でも、斎藤が屯所の中でこんな事をしてくるのは珍しく、しかも寝起きの人間に朝から濃厚な口付けだ。
「此処でこんな事したことないのに、珍しいな。斎藤からこんなことしてくるなんて。何かあったのか?」
「別に……。それよりもはしたない格好をするな」
 斎藤はそう言いながらの着物を直してくれるが、どうしてそんなに格好にこだわるのか分からない。確かに土方副長あたりに見られたらだらしがない、の一言文句は来そうだが、真剣に直すほど乱れては居ないと思う。
「お前の肌を見せる訳にはいかない」
「いや……、稽古の時だって水浴び位するし肌見せないようにすることの方が難しいだろ。それに男なんだから自分の身くらい」
 そう反論すると怖いくらい斎藤はじっとこちらを見ていて、思わずは後ずさりしたが狭い部屋の中そうそう逃げ切れるものではない。
 壁際に追いやられてそっと斎藤を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべて壁に手を添えて逃げ場を塞がれた。
「これが副長や総司だったら、あんたはどうする?」
「どうしてそこで土方さんや総司が出て来るんだよ。どうするって逃げるに決まってんだろっ、俺が好きなのはお前なんだから」
 妙に突っかかってくる斎藤が嬉しいやら、信用してないようで悲しいやら分からなくなってきて半ばやけくそで口を開けばちょうどその時襖が開く音がした。
「斎藤、何やってんだ、お前」
「土方さん、見てわかりませんか?一くん、香ちゃんのこと好きなんですよ。好きな子ほどいじめたくなるじゃないですか」
 土方の後ろから顔を覗かせた沖田は嬉しそうに笑って、斎藤へ向けて手を振った。
「でも、此処じゃ僕も迷惑かな。中てられてるみたいだし、僕もちゃん好きだったし。二人とも外行ってきたら?」
 暫く二人の顔を見ていた斎藤が、しっかりとの手を握り頭を下げて二人の脇をすり抜けて廊下へと出て行く。
 ちらりと土方を見れば仕方ないとばかりにしっしっと手を振られてしまった。
「では、行くか」
「うん」
 そっと握り締めた手を離さないように、ゆっくり歩き始めた。
「これから遊ばれるぞ、絶対総司に」
「好きなようにさせておけ。何かあったらお前を守るから」
 傍にいてくれるのはありがたいが、刀に手を置きながら言う斎藤に頼むから血の雨は降らさないでくれと心から祈った。

ー幕ー

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