籠の中の楽園へ

 目を閉じれば浮かぶのは不敵な笑顔と強引な腕の強さに、低く傲慢な命令を囁く声。
 なのに、その瞳は優しく微笑むから文句を言いながらも、その手を取って新しい世界へと足を踏み入れてしまう。
 時々それを憎らしく思うけれど、後悔したことはないから余計に腹が立つのだ。


 夏の暑い夜、千景が新撰組の屯所へと行くというから、からかい半分でついていいかと聞けばすんなり了承が出た。
 前に天霧や不知火といるときに聞いたら、駄目だの一点張りだったのにどういう風の吹き回しかと少し疑わしい。それでも、いいと言われたからにはついて行ってやろうと千景と一緒に夜の街へ繰り出した。
 そんなに遠くもない場所にある新撰組の屯所へいけば、向こうは何故か殺気立っていて千景は嘲笑うかのように目的である女鬼の元へと行ってしまった。
 千景が彼女に執着しているのも知っているし、雪村という名も知っているから気になるが所詮は関係がないことだと割り切るしかなかった。
 ただ、頼むから新撰組の面々の前に一人で置いていくのは止めて欲しい。今日は不知火や天霧がいないことも知っているはずなのに、どうして声もかけずにさっさと建物の中へ行ってしまうのだろう。
 千景の後を追って行くものと、残されたの足止めをするものと分かれたのだろう、新撰組の人数は減ったが千景ほど腕の自信がないから気が気ではなかった。
「なぁ、お前」
「なんだ」
 赤い髪の長身の男がに長い槍を向けながら、静かに口を開いたからこちらも腰に差した刀に手をかけながら相手の出方を伺った。
「お前、初めて見るんだがお前も鬼か」
「あぁ、それが?」
 ほとんど外に出ないせいで人間ましてや新撰組と顔を合わせるのが初めてだったが、この人間は話が出来そうだと思った。
「や、鬼らしくねぇなと思ってな」
「ふぅん」
 新撰組と関わっている鬼というのには何人もいないだろうが、その筆頭にいるは千景に間違いはないだろう。
 確かに千景と比べられると印象も威圧感も違うから、なんとも言えないが自分は間違いなく鬼で角も出るし瞳も金色に変化する。
「あまりこいつに構うな、原田。死にたくなければな」
 不意に低い声が聞こえて後ろを見やると、千景がふんと不機嫌そうに眉間に皺を寄せて原田を見ていた。
 あまりの露骨さに珍しいと思っていると、千景はの腰を引き寄せてそっと唇を寄せた。
「何をそんなにむくれている」
「むくれてなんていない」
 さっきから続く押し問答をしながらも千景は繋いだ手を離すことはしないから、はそっと隣を歩く背の高い男をみつめた。
 あれから目の前の光景に反応できずに固まる新撰組の面々の視線に居た堪れなくなって、思わず千景の袖を引いて屯所を出てきてしまった。
 何の目的で屯所に行ったのかすら聞いていなかったが、千景が大人しく帰路についているのだからきっと目的は果たしたのだろう。
「何もあそこで……」
「あぁ、口付けのことか」
 なんでもない事のように言う千景が少し憎くて、顔を赤く染めながら睨むと楽しそうにくくっと笑っていきなり首筋に顔を埋めた。
 夕暮れの人通りの少ない場所といえど、往来でこのようなことをする千景の神経が信じられないが、今更この男に何を言っても通用するわけがないのは長年の付き合いでわかっている。
「千景っ」
「なんだ」
 離れる気はないらしく、それどころかぺろりと千景の舌先がの首筋を撫でて、思わずぞわりと反応した身体にぎゅっと千景の袂を強く握った。
「あいつらにお前を見せるのは癪だったが、俺のものだと宣言しておけば手を出す馬鹿はいないだろう。もこれに懲りたら先程のようにあいつらと群れるのは止めろ」
「なっ、あれは千景が俺を置いていくから」
「あぁ、寂しかったのか。帰ってから存分に構ってやる」
 違うと声に出せたらどんなに良かったかと思っても、一瞬嬉しいと思ってしまった自分がいるから手に負えない。
 千景と一緒にいられれば、どこだってきっと自分は付いていってしまうんだろう。
 近くにある体温を、唇を、手を感じられる距離に、自分から花の蜜に吸い寄せられる蝶のように千景から離れられない。
 それを憎く思いながら、は自らの唇を千景の笑みを浮かべる唇に合わせた。

ー幕ー

Back