蒼い夜の晩に

ぞくりと震えた背筋が寒さだけのせいじゃなくて、目の前にいる不気味なほど赤い色をした瞳と闇に相反する白い髪をした青年のせいだというのは嫌でもわかる。
 きっとこれが斎藤の言っていた羅刹と呼ばれる、生きている人間とは異なってしまった者達なのだろう。
 くけけと人間のものだと思えないほどの奇声を発し、上体をゆらゆらと揺らしながらに近寄ってくる。
 静かに腰に下げている刀に手をかけ、一気に間合いを詰めて斬りかかった。
 心臓を一突きにしなければ普通に切るだけでは死なない、と斎藤から聞いていなければきっと倒せなかったと思う。
 血飛沫があがり絶命したのを確認して、倒れている彼の藍染の羽織で刀を拭かせてもらい鞘に納めた。
 何度やっても慣れる事のない感触にじっと己の手を見つめたあと、同じように羅刹の捜索を近くでしていた沖田と永倉に声をかけて屯所へと帰って来た。
 今日は夕方からの巡察の後で羅刹捜索にも加わりかなり辛かったが、こんなことで音を上げてしまうのは嫌だった。
「ご苦労だったな。あぁ、てめぇは台所いってこい」
「は?」
 土方の部屋へさきほどの報告を済ませてゆっくり自室で休もうとすれば、筆を走らせながら土方はちらりと視線を寄越した。
 まさかこれから夜食でも作れというのなら辞退してやろうと思ったが、どうも違うらしく土方は特別何も言ってこない。
 首を傾げながら暗い廊下を歩くと台所から明かりが漏れているのに気付き、中にいる人物の後姿に少し驚いた。
「帰ったか」
「……あぁ、ただいま」
 気配を感じたのか、鍋をかき混ぜながらこちらを向いた斎藤は着流しの袂をたすき掛けして、少し柔らかく微笑んでくるのにはくらりと目眩がする。
 あの人を寄せ付 けない雰囲気の斎藤が、こんなに穏やかな表情を見せるほどに変わると思っていなかったが嬉しい変化である事は間違いない。
 そういえば夕食を食べる間もなく出掛けたのだと気付いたら、鍋の中身が気になって仕方がなくなった。
「何を作ったんだ?」
 斉藤の肩越しに鍋の中身を見ると、仕方のないやつだと言いたげに苦笑しながら中身をお椀によそってくれる。
「余りの野菜を入れただけのものだから、大したものではない。今日は俺が夕食当番だったからな、少し残して置いた物を煮ただけだ」
「あぁ、悪い。気を使わせたか」
「いや、気にするな」
 適当に腰掛けて一口すすれば優しい味噌の味が広がり、先程まで人の生死と 関わっていたことが嘘のように思えてくる。
 この手で命を奪い、同じ手で自分を生かすために食物を口にするという相反する行動に少し苦渋していると隣に斉藤が腰掛けたのがわかった。
「何を悩んでいるのか知らんが、食わないなら左之あたりにでも食わせるが?」
「いや、ありがたく頂きます」
 箸を進めて口へと運ぶのを見ている斉藤は嬉しそうで、こうして二人で一緒にいられる時間を作ってくれた斉藤に感謝した。
 そう言えば斉藤の三番隊は朝の巡察ではなかったかと思い、ちらりと視線をやれば鍋を片付けている後姿が目に映った。
 あの自分とは変わらない体躯のどこにあの直向な精神力や、衰えぬどころか磨きがかかっていく剣 が潜んでいるのかと不思議で仕方が無い。
「なぁ、もし俺が……」
「なんだ」
 澄んだ蒼い瞳に見つめられれば、自分が聞こうとしている事が酷く小さいことのような気がしては小さく首を横に振った。
「やっぱりなんでもない。久しぶりに酒が飲みたいと思っただけだ」
「俺の部屋に来るか?少しならあるが」
 もし道を外したとしてあの隊士のように斬られる日が来るとしたら、土方でもなく沖田でもなく斉藤に斬って欲しいと思った事は内緒にしておこうと決めた。
「あぁ」
 二人で歩いた縁側からふわふわと漂う海月のような月が見えた。

ー幕ー

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