かわれる

「ってことで、さっさと殺して置くにこしたことはないと思うよー」
 羽織一枚肩に引っかけただけで、情事のけだるい雰囲気を纏わせたは、雰囲気と似つかわしくない言葉をすらすらと並べたてる。
 長州の不穏な動きについての情報を教えてくれるのは有り難いし、ここが陰間茶屋という場所である事も解るが、もう少しまともな出迎え方はないのかと思う。
 つい先ほどまで別の客を取っていたらしく、思い切り情事の臭いが立ち込め、布団やら着物だのが散乱している部屋で、は酒を飲んでいる。
 女ではないのだから頬を染めて恥じらうなどしなくても良いから、せめて身なりや部屋を整えて通して欲しい。
 逆に土方はこめかみを引くつかせたが、当の本人は気にした風もなく馴染み客から聞いた情報を話始めたのだ。
「ったくここは何時もこうなのか」
「そもそもここはそういう店だろ?」
「俺はそっちで来てるんじゃねぇよ。あと、いい加減料金を変えろ」
「俺の料金を上げているのは客だよ。まぁ、売れなくなったら下げても良いけどね」
 元々陰間茶屋の料金は高額だが、の金額はそれを遥かに上回る。
 何でも同時に客が入れば金額を多く差してくれる方を選んでいるうち、どんどん金額がつり上がって行ったらしい。
 ちなみに、現在進行形で値は上がっている。
 誰だこんな奴に大枚をはたくのは、と思わなくはないが美しい顔立ちや流れるような所作、そしてやや粗雑な物言いだが頭が良いと思わせる会話運び。
 色々な要素の御蔭でこの店一番の売れっ妓(?)なのだ。
 今では普通の陰間が一刻一分のところを三分は取るし、一日買い切りでは九両も取るのだと言う。
 それでも金持ちというのはどうにも使い道がないのか、つぎ込んでくれるらしい。
 の実態を言えば純血の鬼であり、風間達の様に大層良い家柄らしいが、何故ここで荒稼ぎしているのか不明だ。
 本人曰く、様々な情報も入るし楽をして稼げるということらしい。
 鬼であるが薩摩や長州と組んでいるわけでもなく、かといって幕府側の人間でもない。
 客層が裕福な商人や地位のある武家である為に様々な情報を得ているが、それを何かに利用するわけでもなく、たまに料金上乗せで情報屋なども行っている。
 一言で言うとすれば、暇つぶしなのだろう。
「大体、まけてるだろ。一刻二分でさ」
 ふふんと楽しげに笑いながら、差し出して来た盃を受け取る。
「情報分入れると一両だろ」
 高い料金を分捕られるが、それでもこうして金をつぎ込んでまで過ごしたくなる自分も、何だかんだ言って他の客と大して変わらない。
 情事の痕を隠そうともせず、酒をかっくらっている姿はどうかと思うが、裾から覗く白磁の素肌やほっそりとした線の体など、そこらの女と比べれば確かに美しい。
「お前普段どれだけ金取ってるんだよ」
「事に及ぶなら、一刻二両。ただし相手に寄りけりで値上げするけどな」
 ぶっと酒を噴き出す。
 一刻で二両も使うなど、なかなか普段の生活ではありえないことだ。
「でもさ、そんぐらい取らないと割に合わないって。まぁ、痛みも何も直ぐなくなるから良いけど、安売り出来る体でもないんでね。それよりさ」
 つうっとが笑い、土方に身を寄せて来る。
 あからさまに眉間に皺を寄せるが、意に介した風もなくは白い手を伸ばしてきた。
「欲しくない?」
 秀麗な顔が直ぐ目の前に迫る。
 赤い瞳が楽しげに揺れ、その色が血を思い出させる。
「紛らわしい言い方するんじゃねぇ。それにまだ……」
「大丈夫ってほど、元気そうでもないけどねー風間とやりあって血が流れたって聞くし。鬼のお嬢さんを襲う前にさ、やっておいた方がいいんじゃないかな?」
 がそっと手を頬に這わせる。
 羅刹の吸血行動は発作が起きてから飲むよりも、発作が起きる前に少しずつ飲む方が体の負担が少ないという。
 は以前、新選組の羅刹を飼っており扱いに慣れている。
「どこから摂取するかは自由で良いよ。ちなみに前は手だったけど」
 手を舐める姿は犬みたいで可愛かったなどと語るに、土方は嘆息する。
 幾ら鬼で怪我の治りが早いとはいえ、簡単に血などやるものではないと思うが。
「気軽にやり過ぎだろ」
「でもさ、飼ってるからには餌は与えるべきだろ?」
 口ではそんな事を言っているが、が殺した羅刹とは利害関係以外でもそれなりの仲であった事は聞いている。
 とりあえず一度味わった発作は確かに辛い物であったし、何時出るか解らない難儀な物であることは確かだ。
 意地を張っても仕方がない事なので、もらえるなら貰っておいた方が良いのかもしれない。
 そうと決めると、ぐいっとの顔を引き寄せ、口唇を己のそれで塞ぐ。
「っっ!!」
 びくりとの体が震え、悲鳴は音にはならずじたばたと暴れる体を押し倒し、より深く口付けをする。
 二人分の唾液に混ざる血を貪欲に吸い上げ、足りなければ逃げようとする舌を絡める。
 じっくりと堪能してから離してやると、赤い目が潤んでこちらを睨みつけている。
「舌を噛むな舌を!!!」
 涙目になっているの口を薄く開かせ、舌を見てやると色は赤く腫れているが、傷などは一切ない。
 口と言う場所は体の中でも比較的治りが早い部位であるし、鬼の治癒力の御蔭ですっかり消えている。
「死ぬかと思った。あー鉄錆の味がまだする」
「まだ血が残ってるのか?」
 吸い取ってやろうかと言えば、犬を追い払うかのにしっしと手を振られる。
「噛み癖のある犬は好きじゃないんでね」
 男色の気などなかったがこうして実際に体験してみれば、血を呑んだと言う事を抜きにしてもの口付けは酷く甘い。
「なぁ。一刻で三両だったか?」
 土方の言葉には僅かに目を見開いたが、直ぐにふわりと笑って見せる。
「何? 買ってくれんの?」
「買われる気があるんならな。ただ三両高すぎる」
 言うとは直ぐ様、形の良い顎をつまんで悩み始めた。
 恥じらうよりも何よりも金勘定の方が優先らしい。
「んーまぁ色男で有名な土方さんに免じて、一刻でさっきの情報料含めて半額の一両二分でいいよ。一度経験して見たいとは思ってたんだよねー島原の姐さんが良いって言ってたからさ」
「お前って節操ねぇな」
「これが仕事だからね。それともいちいち恥らったり睦言が欲しいわけ?」
 想像すると妙に似合わないので直ぐに振り払う。
「ツケとけ」
「絶対払う気ないだろ。まぁいっか、楽しませてくれれば」
 楽しげに笑うに、噛みつくような口付けを落とした。

 飼われたのは土方か、それとも買われたのはか……どちらが先かは解らないが、今は匂い立つような香りに包まれて全てを忘れていたかった。

ー幕ー

簡単なお金計算表(幕末の貨幣価値 資料が正確かは不明です)

一両=約50000円
一分=約12500円
一両=四分なので一分は一両の四分の1です。

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