あまざけ

 豪華な料理に賑やかな笑い声。
 島原の揚げ屋の一室にこの日新選組の隊士達は集まり、宴会を開いていた。
 久々に大きな成果があり、それが認められて報酬が出たのだ。
 ならば、普段は質素で節約している分、日頃頑張っている隊士達を労う意味も込めて宴会をすることとなった。
 酒は飲めない土方だが、同じく酒を飲まない近藤とゆっくりと話をしたりするのも、酷く久しぶりで料理をつつきながら楽しんでいる。

 と―――

「失礼致します」
 襖の向こうから聞こえた声に、隊士たちの声が一段とにぎやかになる。
「お、来た来た!」
 普段女っ気がないだけに、こういったところで美人な芸妓と会うのは、滅多にない機会である。
 それだけに皆はしゃいでおり、普段なら咎める土方も好きに騒がせていた。
 襖を開けてはいって来たのは、優美に髪を結いあげた美しい芸妓だった。
 そう何度も来た事があるわけでないが、今まであった芸妓よりも一段と美しく、騒いでいた隊士たちが一瞬大人しくなったほどだ。
 呆けたように見つめている隊士達をくるりと見まわした芸妓は、花が咲くような笑みを浮かべてもう一度頭を下げる。
と申します。江戸から来たばかりで、京言葉に慣れておりません。どうかご容赦くださいませね」
 ようやく立ち直った隊士たちが慌てて、部屋の中に招き入れる。
 肌理の細かい白い肌に、朱を刷いた目元と唇。
 桜をあしらった豪奢な着物は、派手な文様にも関わらず上品に着こなしている。
 もう一人鈴という芸妓いたが、やはりその美しさは比ではなかった。
「すっげー美人!!」
 平助の率直な感想に、ころころと芸妓は笑う。
 徳利を持ってそれぞれの杯に注いで回り、当然こちらにも回って来る。
「どうぞ」
「有り難いが、私は酒が飲めなくてなぁ……」
 恐縮する近藤に、はそれを聞いてそっと徳利を持ちかえる。
「では、こちらならどうですか?」
 注がれたのは、乳白色だが酒の香りが僅かにする物で、口を付けた近藤が感嘆の声を上げる。
「甘酒か、これはありがたい」
 一連を眺めていた土方だったが、楽しげなその様子にほっと息を付く。
 こういった場で酒を呑めないと言うと、あれこれ非難される物だが、甘酒なら酒に強くなくても飲める上、同じ杯で皆と酒を呑んだ気分が味わえる。
 そう言う意味でも、この芸妓は他の女と違って随分と気遣いが出来るらしい。
「どうぞ」
 順番として回って来たので、出された徳利の前に杯を出した時点でふと気付く。
持っている徳利は先ほどの甘酒の入った物だ。
 自分も酒が飲めない事を言っていないのにも関わらずそれを差し出すのは、ただ単に持ち変えるの忘れたわけではないだろう。
 土方がじっと見つめるのをどう思ったのか、芸妓は柔らかな笑みを浮かべる。
「お酒、強くはないとおしゃっておりましたね」
 その言葉に、何故知っているのかと問う前に、周りの隊士たちが騒ぎだす。
「土方さん! さんと何時会ってたんだよ!!」
「ずっりぃー! こんな美人さんがいるなら俺もっと早く島原来ればかった!!」
 ぎゃんぎゃんと騒ぐように言われたが、全く身に覚えのない土方は柔らかく微笑むを見やる。  と、は皆に見えないようそっと土方に袂の内を見せる。
 そこから見えた物にハッとしてまじまじと顔を見やれば、一層柔らかく微笑まれた。
「盛り上がっている所、申し訳ないのですが……本日はお客様が多くいらしているので別の部屋に向かわせていただきます。ここは鈴がお世話させていただきますので、どうぞごゆっくり」
 しなやかに立ちあがったに、皆が寂しげな声を出すが、それと同時にとの関係を否定しなかった土方に恨みがましい視線が送られる。
 芸妓が出て行った後で、皆から質問攻めにされる前に土方は厠に行くと言って部屋を抜け出す。
 そして、廊下ですれ違う店の者に、先ほど部屋に来たという芸妓を尋ねると、あっさりと部屋の場所を教えてくれた。
「入るぞ」
 教えられた部屋の前で声を掛けると、先ほどの芸妓のしっとりした声が返る。
「いらっしゃい」
 すっと襖を開けると、先ほどの楚々とした立ち振る舞いとは比べ物にならないほど妖艶な姿がそこにあった。
 窓枠に腰かけているが、片足を立てているせいで裾からは白い足がむき出しとなり、腿の辺りまで晒している。
 そんな恰好で煙管を咥えてこちらを微笑むのは、先ほどよりも見慣れた姿に大分近い。
、てめぇこんなところで何してやがる」
「土方さんこそ……俺の店に来ないでこんなところで姐さん方と楽しくお遊び? 妬けるねぇ」
 そう言う割には、別に怒っているわけでもなく、どちらかと言えば随分と楽しそうである。
 そう、先ほどは気づかなかったがと名乗っていたのは、土方が良く行くようになった陰間茶屋の売れっ妓であり、鬼でもあるであった。
 先ほど気付けなかったのは普段ならしない化粧と、結った髪に芸妓の衣装、そして普段より高い声音のせいだ。
 女も化粧で化けると言うが、男でも随分と化ける物だと言う事を知った。別に知りたくもない事ではあったが。
 今手にしている煙管は以前、祭の時に土方が買って送ったもので、先ほど袂のうちからちらりと見せられたことでだと解った。
 別に芸妓と遊ぶのが目的というわけではなかったので、むすっとしながら言葉を返す。
「俺は新選組として来てんだがな」
「あそ、俺は手伝い。店からの報酬と客からの報酬で大分稼げるし」
 聞けばこうしてたびたび、手伝いと称して島原のあちこちで報酬を受け取っているらしい。
 島原の方が体を開く心配がない物の、逆にこの姿を様々な男に見せている事は気に入らなかったりもする。
「にしても、本当に見違えるな……」
 改めて全身を眺めやれば、普段の無造作に背に流した髪の毛と、緩く纏う着物姿も十分美しいが、こうした恰好も十分似合っている。
「俺としては何でばれないのか不思議だけどな。まぁ、土方さんの驚いた顔を見れて楽しかったけど」
 くすくすと笑うに溜息をつきながら、近寄って立てている足と肌蹴ている裾を直す。
「似合ってるから、せめてその恰好でその体勢は止めろ」
「変なところでそういうところ気にするね。それより宴会を抜けてきて良いのかな、副長さんは」
「そう言うお前こそ、別の客の所に行くんじゃねえのか?」
 質問に質問で返し、二人で顔を見合わせ、くすくすと笑う。
「俺の仕事はもう終わったよ」
「あいつらは多分酔っぱらって抜けても気づかねぇよ」
「ここからは別料金だよ」
 何時になく艶のある笑みを向けてくるの頬に手を伸ばす。
「払ってやるよ」
 はその言葉に満足気に笑い、腰かけていた窓枠から立ち上がる。
 仲間と飲むのは楽しいが、とこうして過ごす時間も大切な物だ。
 心地よい静寂の中で、とくとくと甘酒の注がれる音が響き、一口含めば舌の上にとろりとした甘さが広がる。
「お口に合いましたか?」
 高めの心地よい声音に土方が笑う。
「あぁ、お前も呑むか?」
「私は普通のお酒の方が……」
 言いかけた口を己の口唇で塞ぎ、直前に含んだ甘酒を流し込む。
 僅かに目を見開いただが、大人しく甘酒を飲み込み、差し入れた舌を絡める。
 酒の味がしなくなっても、不思議と口付けは甘かった。

 普段と違う艶姿と甘い酒に酔ったのかもしれない。
 夜は、甘い香りを伴いながらしんしんと更けてゆく。

ー幕ー

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