燻る紫煙が闇に解けてゆく。 欄干に凭れながら、手の中にある朱色の煙管をぼんやりと見つめる。 客から貰う品は高直なものが多く、それこそ滅多に手に入らないビードロの杯から、細かな細工の施された根付や着物など多岐に渡る。 だが、は大半の物は売り払ってしまう。 元々物には頓着しないし、自分の価値を上げるために使う道具類は自分で選んだ物を使う。 誰かから貰った物を身に付けるのは、その客を贔屓しているようにも思えるし、何より客の媚を売る必要もないからだ。 だが、今手にしている煙管は見た目こそ美しいが決して高直な品ではない。そして、それ自体本来なら早々に売るなり、誰かにあげてしまうようなものだ。 この煙管は自分で買ったのではなく、馴染み客である土方歳三から貰った物である。 たまたま、煙管の雁首に罅が入り新しい煙管が欲しかったからだとか、そんな言い訳を考えては見るが、馬鹿らしくなってそれも止める。 肺に煙を吸い込んで、ふっと吐き出せばゆらゆらと漂い、ふわりと消える。 羅刹がどういうモノなのか、何故羅刹になった土方が理性を保っていられるのか。ほんの少しの好奇心と単なる暇つぶしの付き合いのはずだった。 しかし、何時の間にやら当たり前のように店に来ては酒を飲み、挙句に体を重ねたりもした。 そして、今のように少し店に姿を見せる期間が空くと、どこかで命を落としたのかもしれないとふと思ったりする。 誰が何時、どのようにして死んだとしても、気にする必要などないと言うのに。 肺に思いっきり煙を吸い込んで、夜空に向かって吐き出す。 と、とんとんと階段を上る音が聞こえて、はふと笑みを漏らす。 登って来る足音で、店の者や馴染みの客は聞き分けられるようになっている。 だが、音を聞いてほっと安堵の笑みを浮かべたは、その事に気づいて直ぐに舌打ちしたい気分にかられた。 何故、『安堵』などしなければならないのだ。 客などは常に一定ではない。 これまでも馴染みの客の中にあっても、商売がうまくゆかなくなって来なくなった者、はやり病で死んだ者などそれなりに多くいた。 風の噂でそんな話を聞いて、そういえば最近は姿を見なかったとようやく気付くぐらい、客との間にそんな感情を持った事はなかった。 「邪魔するぞ」 襖を開けたのは土方歳三その人で、わざとは頬杖をついた体勢のまま闇を見つめる。 「煙草吸いすぎじゃねぇか?」 「別に、そうでもないよ」 そっけなく返しながらも、ちらりと振り返った部屋の中は、少し視界がけぶるほど煙で満ちていた。 意識していないうちに、相当な量を吸っていたらしい。 最後の煙を吐き出し、煙草盆に灰を落とす。 「やけに機嫌が悪いな」 「んー別に」 「お前が『別に』を繰り返す時は大体、当たってるんだよ」 そう言って笑う土方に、は眉根を寄せた。 勝手に土方の事を考えて、そんな自分に苛立って本人に当たるのはお門違いではある。 だが、言い返さず睨むの様子に、やはりそうかと一人勝ち誇ったように頷くその様子に、さらに苛立ちが募る。 「そういえばさぁ、土方さん久しぶりだよね」 つうっと笑みを浮かべると、嫌な予感を感じたらしい土方の表情が引きつる。 「あぁ……そうだな」 「実は、土方さんが来ない間に料金変ったんだよ」 うっと呻く土方の首に腕を回し、体を近づける。 「一刻、一両二分」 耳元で囁くと、盛大な溜息が漏らされるが、しばらく待っているとの腰に腕が回されて抱き寄せられる。 「その値段は機嫌の悪さと関係あるのか」 「さぁね」 これはただの八つ当たり、値段が上がったのは本当ではあるのだが。 だが、土方は溜息をついたり呻いたりしながらも、しばらくするとふっきれたように財布からしっかりと金を出してくれた。 「毎度ありー定期的に来ないとまた上げちゃうよ」 「定期的に来たってまた上げるだろ」 土方の言葉に、機嫌を良くしたは笑う。 暗欝とした気分を乗せた煙は、いつの間にか外に流れていた。 ー幕ー |