ねがいごと



 見回りの最中、家や店先に揺れる笹の葉と短冊飾り。
「そろそろ七夕ですか」
 さらさらと涼しげな音を立てる笹の葉に、幾人かの隊士達が楽しげに笑う。
 忙しく立ち回っているせいで、なかなか風流味わうと言う事はできないだけに、強く目を引く物である。
「竹貰ってくるかー」
 元気な平助の声に、佐之助や新八も同意して賑やかな声が響き始める。
「いいだろー土方さん」
 同意を求める声に、頷けば子供のようにはしゃぐ声が高くなる。
 空を見上げれば強い日差しが、今夜も晴れる事を教えてくれた。


 夜になったとはいえ、まだいくらか暑さが残るがそれでも昼間に比べればぐっと涼しい。
 のんびりと歩いて目的の店に来た時、珍しく店表に居る人物に驚く。
「あぁ、いらっしゃい」
 陰間茶屋の売れっ妓であるは、薄物の着流して熱心にしゃがみこんでいる。
 ふだんは基本的に店表にも出ている事はないのだが、どうしたのかと思えばの手元に色鮮やかな糸や短冊が置いてある。
 そして、土方の腰ほどしかない小さな竹が、設えておりそこに色々と飾りを付けているところであるらしい。
 涼しげな音を奏でながら、さらさらと笹が靡く。
「七夕飾りか……」
「まぁあまり大きな物出来ないけど、これぐらいはね」
 あまり豪華ではないが華やかな仕立てである。
 しゅるりと五色の糸を絡めながら、短冊を続けて飾る。
 この店に何人の人間がいるのかは解らないが、短冊の枚数は少ない。
 ちらりと見れば、商売繁盛だとか、芸事が巧くなるようにだとか、それぞれの願いが書かれている。
 の体を気遣う番頭の物などもあるが、肝心のの物らしい短冊がない。
「お前のはどれだ?」
「おれは、叶えたい願いなんてあまりないんだよね」
 その言葉は意外だった。
 てっきり良い客が付くようにだとか、自身の値が上がるようにだとか、そんな願いでも書くのかと思っていた。
「あ、何その顔。意外って言いたそうだね」
「いや、別に……」
 言い繕っては見たが、あからさまに表情に出してしまったので、は些か不機嫌そうに笹に他の飾りをつけてゆく。
「別に叶えて欲しい願いなんてないよ。願いは自分で叶える物だろ」
 さらりとした口調だったが、言葉の意味は深い。
らしい答えに、それもそうかと思う。
 もちろん、短冊に願いがかなうように想いを込めるのも良い事だが、己の願いをかなえる努力持つような物だ。もちろん、努力だけではどうにもならない願いなどもあるわけだが。
 は手に持った何も書かれていない短冊を眺め、それをはいっと土方に渡して来る。
「折角だから書いて行けば」
 屯所でも盛大に竹に飾り付けて、そこに自身の願いも書いて来たのだが、の手から短冊を受け取る。
 矢立を借り、少しだけ考えて筆を走らせた。
 何を書くのかと興味津津に覗きこむが、驚いたように瞬きをする。
「別に、俺が願うのは問題ねぇだろ」
 書いた短冊は、小さな竹の上の方へ飾って置く。
 織姫や彦星が願いを叶えてくれるかは解らないが、なるべく上の方がいいだろうと思った。
 短冊に踊る文字に、が笑う。
「じゃぁ、そろそろ中に入ろうか」
 連れ添って、二人は店に入る。


 二人が去った後、さらさらと風揺れて短冊が翻る。


――― の願いが叶いますように

ー幕ー

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