提灯の灯りのみが頼りの、真っ暗な道を歩きながらはくるりと振り返った。 「ねぇ土方さん。結構、人に恨まれてる?」 「覚えがないわけじゃねぇが……」 島原で一仕事終えたと、たまたま遊郭に来ていた土方は、帰り路が同じ方向なため、一緒に歩いていた。 大門までは出入りする人間がいた為気付かなかったが、こうして人気の少ない道でなお、一定の距離にを付かず離れずついて来れば、否応なしに気づかざるを得ない。 正確な人数は解らないが、少なくとも十人前後はいるとみた。 そうしているうちに、横道から数人の足音が響き、あっという間に周りを囲まれる。 「きゃぁ」 と女らしい悲鳴をあげて土方の背に顔を隠せば、土方は短いため息をついた。 「お前な……」 「だってさ、俺は関係ないっぽいし……ここでほら女だからって見逃してくれれば楽じゃん」 相手に聞こえない程度の声で会話していると、男たちはこちらを警戒しながら刀を構える。 「そこの女、お菊と言ったな……ここで死んでもらおう」 「……」 男たちの言葉に、じろりと土方の目がこちらに向けられる。 「お前か」 てっきり土方だと思っていただったが、どうやら自分を狙ったものだったらしい。 は基本的に自分の見世で陰間をしているが、たまに化粧を変え、名を変えてあちらこちらの見世で遊女として幾つもの顔を持っている。 お菊はその中の一つで、長州側の志士の相手をする時に使っていた名だ。 聞いた情報をあちこちに売っているため、足が付かないように気を付けてはいたが、どこからか突き止められたらしい。 これで『お菊』と言う存在が使えなくなるのは勿体ないとは思うが、この状況に対してさほど慌てることもない。 これまでも似たような事はあったのだし、変えは幾らでもある。 あれこれ頭を巡らせ、とりあえず一番効果的な手段を取る事に決める。 「どうか、どうかお許しを……!! ……全てはこの土方様に命じられてやった事でございます……何卒お命だけはお助け下さい!!」 とっさに普段の女性らしい震えた声で、男たちに聞こえるように声を張る。 元々、二人で歩いていたため、一緒に居る土方も殺すつもりだったのだろうが、の言葉で男たちの標的が土方に移る。 「土方とは貴様、新選組か!! そうとなればまずはお前から斬り殺してくれるわ!!!」 取り囲む男たち以上に、土方が青筋をい浮かべながらこちらを見る。 「……お前……」 「いいじゃん、俺は獲物持ってないしー。どの道、今から逃げようたって土方さんも追っかけられるよ」 「お前は死なないだろ」 「酷いなぁー……っと」 覚悟!と気合を入れて一斉に斬りかかって来る男たちに、提灯を投げ捨てて土方が刀を抜いて応戦する。 は背後からの斬撃を体を軽く反転して避けると、刀を片手で押さえてもう片手で懐から取り出した鉄扇を男の手の甲へ打ち付ける。 手首の関節から嫌な音が響き、男は絶叫して刀を取り落とした。 悶絶する男を蹴り飛ばし、素手で握っていた刀の柄を握って、背後で刀を振りかぶって突進してくる男の心臓を寸分違わずに貫く。 ずぶりと深く突き刺さった刀から手を離し、こちらに前倒しになる男の体を避けながら、男の握っていた刀を奪い取って先ほどの手首を砕かれた男の首を断ち切る。 ここで生き証人を出してしまえば、にとっても土方にとっても今後に差し支える為、手加減などはしなかった。 男たちは一人、また一人と倒れ、結局最後に残ったのは、と土方だけだ。 放り投げられても辛うじて火が灯っていた提灯を手に取って、息のない男たちの顔を一人一人確かめる。 やはり馴染みの客で、また金づるが減ってしまった事を心の中で嘆く。 まぁ居なくなればまた増やせばい良いだけだ。 そうして振り返ると、鬼の形相で土方がこちらを睨む。 「やっぱり土方さんは強いね」 誤魔化し半分でいったが、土方の機嫌は良くならなかった。 まぁ仕方のない事ではあるが、一つ肩を竦めて歩きだす。 「待て」 「なぁに、人が来る前にさっさと逃げないと」 と、数歩も進まないうちに手首を取られる。 「素手で刀を握るんじゃねぇよ」 「不可抗力。そもそももう傷も消えてるよ。それに殺しても死なないってさっき言ったの土方さんだし」 そうは言ってみたものの、土方は血に濡れるの掌を見たきり黙りこむ。 何を怒っているのかと思えば、先ほどの濡れ衣を着せた事もあるのだろうが、どうやら素手で刀を掴んだ事にもあるらしい。 「鬼とはいえ、それに過信しすぎるなよ」 傷が消えているのを確かめながら、土方はの掌を懐から取り出した布で拭う。 「なんか父親みたい……」 「……何か言ったか?」 何でもないよーと軽く流しながら、二人は歩きだす。 「ねぇ、このまま見世まで送ってよ」 「なんで俺が……」 「どうせまだ隊士の皆さんは島原で遊んでるんでしょ? というか、既にこの道を曲がった時点で俺の見世に来るつもりだったんでしょ」 の言葉に、またもや眉間に皺を寄せた土方だったが、歩む道はと同じ方向だった。 ー幕ー |