遠のく雷鳴を聞きながら、はふっと息を吐いた。 腕の中で眠る藤姫は、深く眠ったようで起きる気配がない。 そっと褥に横に寝かせて、そっと着物を掛けてやる。 普段ならば龍神の神子が一緒に眠っているのだが、生憎と彼女は内裏の怪異を調べるために女房としてこの屋敷を離れている。 かと言って、他の八葉では右大臣の姫と一晩一緒にいたとあらぬ噂が立っても困る。 特に藤姫にとってそれは良くないと、こうして人から姿を隠すことのできるがずっと付き添っていたのだ。 普段警護している頼久ならば、そこまで詮索されることもなく一緒にいてやれる気もするが、彼はとても堅物で御簾の内に入ることすら考えられないのだろう。 藤姫は一人でも大丈夫だと言い張ったらしいが、八葉に頼めぬと分かった神子が、わざわざが呼んだのである。 特に今日は酷い嵐になるのは、天の気を読むことのできるには分かっていたので、その前に藤姫の館にたどり着いた。 最初こそ恐縮していた藤姫も、雷が酷くなると顔色も悪くなり、見ているこちらが気の毒なほどだった。 気の休まる香を焚いて、話し相手になって優しく幼子に接するように抱いていると、それで安心したのかようやく眠ったのだ。 そっと御簾をあげて外に出ると、まだ雨は降っているが、雷鳴はもう聞こえない。 この雨の中を帰るのも億劫なので、その場に座り込む。 「藤姫は眠ったかな」 そう声を掛けてきたのは、友雅だった。 「あぁ、本当はお前が適任だろうに」 の言葉に友雅は笑った。 藤姫の事は嫌いではないが、どうにもこういった役回りはには向いていないように思える。 まだ幼いとはいえ相手は姫である。 普段、人と縁の遠いは眷属の狐たちと過ごしているだけに、どう扱っていいかわかりづらい。 神子は逆に天真爛漫でまだまだ子供のような素直さがあるので、あまりこういった気はあまり使わないで済む。 「でも藤姫は羨ましいね。殿に抱きしめてもらってその腕で眠れるのだから」 「大の男を抱いて寝る趣味は我にはないぞ」 きっぱりと言い切ると、友雅はわざとらしく嘆いて見せた。 「頼久や泰明殿は寝かせたと聞いていたのに」 「私の尾を枕にしていただけだ」 ふさりと尾を揺らすと、友雅はの隣に座り込んで尾に手を伸ばしてくる。 神気を纏って普通の狐よりも白く輝く尾は、神子も気に入って良く触っている。 好きにさせていたが、不意に別の場所を触られてはびくりと体を震わせ、座っていた場所から腰を浮かせる。 だが、手首を取られて引き寄せられた。 「……お前は……」 「殿のそんな表情を見られるとはね……」 当の友雅は悪びれた様子なく、にこやかな笑みを浮かべている。 詰めていた息をふっと吐き出し、は仕方なく座りなおす。 尾を触られるのは慣れているが、耳は慣れていない。 第一、獣にとっては音は非常に重要なものだ。 でなくても耳を触られるのは嫌がるだろう。 解ってやっているのだとしたら、たちの悪い男だ。 「やはり感覚があるのだね」 「お前は人の耳を飾りだと思ってるのか」 とんでもない、と口では言いつつ視線はの耳に視線が注がれている。 完全に人に化ければ、耳も尾も出ることはないが、それは集中力を使うものだ。 必要に迫られない限りは、使いたいとは思わない。 どうしようかと考えていると、友雅は鈴を転がしたように笑った。 「これ以上は止めておこう。代わりに……」 ぐいっと腕を引かれ、友雅の腕の中には閉じ込められる。 「なかなか殿を独り占めできないからね……」 もうなんだか言葉を返すのも億劫になって、自分の楽な体位で友雅に寄りかかる。 それに、もしかしたら友雅も思うところがあるのかもしれない。 普段から飄々として、自分からあまり人を求める性質ではない。 どうせ離す気がないなら、脇息代わりに使ってやろう。 友雅も僅かに腕を緩め、の好きなようにさせた。 雨が上がって夜が明けるまで。 もうそんなに時間は掛からないだろうが、もう少し友雅の好きにさせてやろうと思った。 ー幕ー |