「おい、!聞いてるのか?」 いきなり大きな声がしてびくりと肩を震わせて前を見ると、天真が眉間に皺を寄せてこちらを睨み付けていた。 「ごめん、聞いてる。今度は負けないように頑張らないとな」 もうすぐ鬼とも決着をつけなければいけないし、そしてそれは元の世界へ戻る日も近くなってきている事を意味する。それは嬉しい。京の人々が安心して暮らせるようになって、鬼も出来れば何処かで静かに暮らして欲しいと思う。 でも、帰るという事は八葉の皆ともう会えなくなるという事で、その事実にぎゅっと締め付けられるように心が痛くなる。 「なぁ、前から聞きたかったんだが、迷ってるのか?あっちの世界に帰る事」 「そういう訳じゃ、ないけど」 誰にも言わずにこの世界からいなくなれればそれでも良かったのだが、きっとちゃんと別れをした方がこの世界に思いを引きずられること無く諦められるとも思う。頼久は少し笑ってお元気でくらいは言いそうだと想像してしまった。 「それって、頼久が」 「っ」 「殿……あら、天真殿もいらしてたんですね」 天真が何か言いかけた時、藤姫がにこやかに笑顔を浮かべながらの隣へと腰を下ろした。 頼久の名が出た瞬間さっとの顔色が変わったのを見て天真は息を吐き出して、藤姫へ視線をなげたがいつもこの邸にいる片割れの青龍の姿はなかった。 「……あぁ、まぁな。とにかく、、お前明日ここにいろ。いいな?」 「え、天真っ」 言うが早いかひらひらと手をに振って、天真は庭へと降りたって門の方へと歩いて行ってしまった。 「あら、私お邪魔してしまいましたか?」 「いやそんな事はないよ」 藤姫は不思議そうに小首を傾げて天真とを交互に見たが、はただ力なく緩く頭を振って微かに笑みを浮かべた。 のろのろと起き始めたは天真の一方的な約束を破ることも出来ずに、気分が乗らないまま身支度を整えて朝食の席へと着いた。 昨日の話を聞いていた藤姫は最初きょとんとを見ていたが、にこりと笑って一日ここにいらっしゃるのでしたら頼久を呼びましょう、確か警護の仕事は明日なかったはずですから伝えておきますと言って行ってしまった。 「はぁ」 頼久と仲が悪いわけではなく、むしろ何かとこの京を知らないの為に馬を出して案内をしてくれたりと傍にいて一番頼りになると思っていた。 剣の腕もたつしその性格では人気もあるだろうとひやかしたこともあったが、本人はいたって真面目でそんな事に気付いてもいないしどうでもいいといった風だった。 だが、一緒にいる時間が長ければ長いほど何かと優しい瞳でこちらを見ていてくれる頼久の隣が心地よく、自分が恋心にも似た感情を抱いていることに気付いてしまえばただ傍に居る事は出来なくなってしまった。 不自然にならない程度に距離を置き、二人きりになる時には他愛もない話をして胸を痛めたりもしたが自分がこの世界の人間ではないと認識する度にこれで良いのだと思うようにしていた。 そうでなくてはこの気持ちを言ってしまいそうだったし、いつか別れるのならば傷は浅いうちに自分の胸に仕舞ったままにしておいたほうがいい。 そのの不自然さに気付いたのが、いつも頼久やと距離が近い天真だというのは仕方がないとしか言いようがない。 そのままでいいのか、想いを告げずに帰ってしまっていいのかと詰め寄られても、頼久に嫌われて軽蔑されるよりは余程良かったしもう少し現状のまま頼久の近くにいたかった。 きっとそんなを見ているのは天真のことだから我慢できなかったのだと思う。ぎゅっと掌を握って律は今日も眩しく光る空を仰ぎ見た。 「おはようございます」 「おはよう」 優しい笑みを向けられてどきりとした心臓の奥で、頼久はいつからこんなに眩しく笑うようになったのだろうかと少し心が痛んだ。 思い人とうまくいったのだろうか、それとも自分が頼久のことを見ているようで目を背け続けていたから気付かなかっただけなのだろうか。 「どうか、されましたか?」 「いや、頼久こそ何か嬉しいことあったか?好きな人が出来たとか」 自分で話を振っておきながら聴きたくは無くて庭の草木についた朝露が太陽の光を浴びてきらきらと輝いているのを見ていると、不意に後ろからそっと抱きしめられて驚いて上を見上げた。 「よ、りひさ?」 「私が好きなのは貴方以外おりません。例え貴方が天真をお慕いしていらしたとしても、ずっと殿を見ておりました」 嬉しい、と思うと同時に何かとても気になることを聞いた気がするのは気のせいなのだろうか。 「……誰が天真を好きだって?」 「私と話しているときより自然に笑っていらしたようでしたので、てっきりそうかと思っておりましたが違ったのですか」 「っ、俺が好きなのはお前だ」 言い切ったあとに我に返ってみればなんて事を大きな声で、しかも藤姫の邸で言ってしまったんだと思ったがもう遅かった。 頼久には抱きしめられて、藤姫には目撃されて気まずい思いをして、天真にはあとで絶対に嫌がらせをしてやろうと心にきめた。 〜幕〜 |