二人きりの夜を

 不意に空を見上げると月が輝いていて、今日は満月だったのかとこの時初めて気付いた。
 さらさらと綺麗に降り注ぐ月とその光は誰かを連想させて、ふと心に浮かぶのは月が好きだと言っていた貴族の男。
 橘友雅という青年とはいつも顔を合わせる訳ではないが、時間さえあればこのの家を訪れ他愛もない話に花を咲かせた。
 今日は仕事があるらしく会えなかったが、そんな時に会いたい気持ちが募るばかりでいつまでも胸の奥に燻っている。
 そう友雅のことを思いながら縁側に座っていると、不意に目の前に人が立ったのが影でわかった。
「許可なく立ち入るのは如何なものかと思うが……。何か御用事が?」
「一応声はかけたんだがね、誰もいない様子だったので庭づたいに入らせてもらったよ。お咎めは後で受けよう」
 そう答えた声が今会えないかと思っていたその人のもので、驚いて顔を上げると嬉しそうに笑みを浮かべている友雅がいた。
 こんな夜更けにどうして自分の邸にいるのかと思ったが、そんなことより会いたいと思っていた人が目の前にいる事が喜びに変わって心がざわついて仕方が無い。
「いや……友雅がどうして此処に……」
「藤姫から聞いたのだが、今日は君の生まれた日らしいね。で、祝うのが向こうの世界では普通なのだと神子殿達に聞いて、一番に言いたかっただけなのだが、それでは理由になってないかい?」
 そう笑う友雅が綺麗では思わず息を呑んだが、友雅は反応がないのをいい事に縁側に座りそっとを抱きしめた。
「何か君にあげられるものがあるといいのだが」
「別に気にしなくていい。会えただけで嬉しい」
 がそういうと面白くなさそうにこちらを見てきたが、不意にいたずらっぽい笑みを浮かべて友雅はゆっくりと顔を寄せた。
 端正な友雅の顔から目を離せないでいると、ふと友雅が笑ってからかわれたのだとわかる。
 赤くなった顔を隠すように友雅の胸に顔を埋めると、優しく抱きしめ返されて結局腕の中に捕らわれてしまった。
 微かに香る白檀の香りに酔わされて友雅の首に腕を絡めれば、少し驚いたように友雅の瞳が大きくなったのがわかった。
「私が君にしてもらっては意味がないと思うのだがね」
「俺、何かした?」
「いや、無意識だからこそ手に負えないんだろうね。まぁ、君は君のままでいてくれればいいよ」
 よくわからずに首を傾げると、友雅はの手を取りそのまま口付けをしてこちらを見つめてきた。
「明日は神子殿達が誕生日を祝いに来てくれるだろうが、私は仕事があるから行けない。許してくれるね?」
「今日来てくれたから構わないよ。そう言えばあかねさん達と出掛ける時には仕事を早く切り上げて一緒に付いてきて来たよね。まるで一緒に居させないようにするみたいに」
 神子を守る為かと思えばあかねがいない時もそうだった為に、どうしてか聞いた事があるが外に出たかったのだと言われた。
 確かに仕事よりふらふらと女房のもとへ通っているという話も前に聞いた事があるが、今回はそれとは場所も違うし何より友雅の瞳がどこか遊んでいるよりも真剣な気がしていた。
 あかねに危害を加えるとでも思っているのなら検討違いだと、怒りを少し込めていると友雅はの頬に手を添えて優しく撫でた。
「美しい花を守る為だよ。神子殿も大切だが、他にも八葉はいる。君を守るのは私だけの特権だと思っているのだが違ったかな」
 笑みを浮かべてそう言われてしまえば、ただ顔を赤くする事しか出来ずには友雅から視線を逸らした。
 友雅の言葉は嬉しいが破壊力がありすぎてどうしていいかわからなくなる。ちらりと友雅を伺うと手のひらに小さな香炉を乗せて、そっとの方へと差し出してくれる。
風に乗せられて届いた微かな香りは友雅と同じもので、は驚いて香炉に手を伸ばした。
「私がいない時はこれを焚いて淋しさを紛らわせてくれると嬉しいが……、もちろんいつも焚いてくれても構わないよ」
「ありがとう」
 嬉しくて友雅に抱きつけば、友雅も笑みをこぼして抱き留めてくれる。
「生まれてきてくれてありがとう」
「……友雅、好きだよ」
 はそう小さく囁くと友雅の唇に口付けを送った。
 

ー幕ー

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