共にいる為の約束

ピピピ……

 断続的な小さな電子音に、薄っすらと目を開ける。

 まだ覚醒しない頭でぼんやりと手を伸ばすと、鳴動する携帯電話に手が届く。

 メールだか電話だかは知らないが、電源ボタンを探って押せば音が消えた。

 それに満足して、自然と襲ってくる睡魔に身を委ねる。

 ピピピ……

 再び聞こえてきた音と、近い場所に置いたせいで感じる振動に眉根を寄せる。

 仕方なく画面を見れば、発信者の番号と名前が表示されていた。

 ――雲雀恭弥。

 寝起きで出るのは面倒だが、出なかったらそれはそれで面倒だと、しぶしぶ通話ボタンを押し、耳にそれを当てる。

『君、咬み殺すよ』

「……開口一番それかよ」

 大体、今何時だと身体を起こしカーテンを引くと、外はまだ暗く夜明け前だと知れた。

 放り出してある腕時計の文字盤を、携帯の光で確認すれば、短針は五時を示している。

 日が昇るのが遅いこの時期では、夜明けまで後二時間ほどもある。

「で、夜中に叩き起こして何の用だ」

『初日の出、見に行くよ』

 夜中に叩き起こされた理由に、は一瞬声が出ないで居た。

「は?」

 聞き間違いかと間抜けな声を出すと、不機嫌そうな声が返ってくる。

『初日の出。一時間もあれば、用意ぐらい出来るでしょ? 迎えに行くから』

 こちらの意見なぞ聞きもせずに、一方的に切れた電話を溜息をついてベットに放り出す。

 あと一時間。

 時計を眺めつつ、ははっきりと目を覚ますために、締め切っていた窓ガラスを開けた。

 聞こえてきたエンジン音に窓ガラスを閉め、黒のロングコートにマフラーを手に取る。

 起こされた時は斜め向きだった機嫌も、用意をしている間に少しずつ上向きになっていた。

 エレベーターでエントランスに下りれば、雲雀がバイクに寄りかかってこちらを見据えている。

 新年早々というのにコートの下は並盛の制服らしい。つくづく学校好きな奴だ。

「明けましておめでとうございます」

 礼儀やら形式だかを以外に気にする雲雀に、開口一番恭しく頭を下げると雲雀も口元に笑みを浮かべた。

「明けましておめでとう」

 ぽいっと渡されたヘルメットを被り、バイクの後ろに腰掛ける。

「安全運転で」

 といったに、雲雀はニヤリと笑った。

「落とされないように捕まってなよ」

 嫌な予感がしつつも、発進したバイクは新年の早朝ということもあり、殆ど車も通っていない。そのため脅かされた割に、普段の荒い運転で車をすれすれで避けたりすることも無く、スムーズに進む。

 速度も普段よりは割りとスローペースで、機嫌が良いことが伺える。

 さほど走った時間は長くは無く、着いた先は予想の通り。

「俺も制服着てくるべきだったか」

 暗く静まり返る並盛中の校舎を眺めていえば、雲雀はうっすらと笑う。

「学ランなら貸すよ。新学期もそのまま着てくれるならね」

「遠慮しておきます。体格の良い強面の男共を連れて歩く趣味はないので」

 降参、というように手を上げれば、つまらないとばかりに雲雀は鼻を鳴らす。

 当たり前のように門の鍵を開け、普段教員達が使う駐車場に雲雀はバイクを止めると、門を開けた鍵束をこちらに投げてよこした。

「先に屋上に行ってて」

「了解」

 くるくると鍵束を指で遊びながら、鍵を開けては校内へ入ってゆく。

 外がまだ暗いため、当然校舎内も暗いが階段も難なく上り、屋上の鍵を開ける。

 空は夜明けというにはまだまだ暗いが、遮る建物もないので初日の出も良く見えることだろう。

 唯一の難点は、風が冷たいことぐらいだろうか。

 雲雀が来るまで、はとりあえず風の避けれそうな貯水タンクの陰に腰を下ろす。

 しばらくそうしていると、猫のように足音を立てずにやって来た雲雀が、ずいっと何か差し出した。

「はい」

 手を差し出すと、暖かい缶コーヒーが玲の手に落とされる。

 どうやら先に行かせたのはこの為だったらしい。

「ありがとう」

 素直に礼を言って、すぐに口をつけずに湯たんぽ代わりに両手で包み込むようにして暖を取る。

 ちらりと時計を見れば日の出まであと少し、という時間であるが未だに太陽の姿は見えない。

「そういえばさ、何で唐突に初日の出なんだ?」

 待つ間が暇なので、少し疑問に思っていたことを問えば、雲雀はふっと笑う。

「どうせ、新年早々昼過ぎまで寝てるんだろうし、付き合ってもらおうと思って」

 この後、朝食を済ませたらどうせ、初詣なんかで羽目を外している草食動物の群れを狩りに行くのだろう。

「んー新年早々、血の雨は見たくないんだけどな」

 ぽそりと呟けば、雲雀は楽しげに笑う。

「いいじゃない。初詣も出来るんだから」

 まぁ、一緒に行動できるのは嬉しいのだが、かなり心境的には複雑だ。

 ひゅっと強い風吹いて身を竦めると、くすくすと雲雀が笑う。

「本当に寒がりだね、君は」

「俺としては学ランの上にコートだけのお前が不思議だよ」

 そう返せば、艶やかな笑みで「生き物としての性能が違うのさ」とあっさりと返される。

 風邪を引いて入院したことある人間の言葉とは思えないが、背丈は似たり寄ったりなのに、体力と腕力においては歴然とした差があるので言い返せないのが癪である。

「おいで」

 少しむくれると、子供を宥めるように手招きされ、後ろから抱えられる。

 普段人の機嫌など気にもせず、むしろ殴り飛ばす雲雀だが、気に入ったものはとことん甘やかすタイプだ。

 今日は連れていないが、ヒバードと呼ばれる黄色い鳥もそうだし、もそうと知ってからは割りと甘やかされている。

 他の人間が聞いたら青ざめそうなものだが、それを見せるのも一部の人間のみと知っているので、軽い優越感に浸っている。

「何?」

 顔に出ていたらしく、怪訝そうな表情でこちらを覗き込む雲雀に、は「別に」と軽い調子で答える。

 時計を確認すれば、もう日の出に近い時間ようで、顔を上げれば雲雀も空を見上げる。

「そろそろだね」

 立ち上がって日の出の方向を見やれば、暗闇を切り裂くように、一条の光が差し込む。

 寒がりなのを気にしてか、相変わらず後ろから抱えるようにして雲雀が越しに、眩しい光を見つめる。

 徐々に顔を見せる太陽に連れて、暗闇に覆われていた空も紫色に変化し、町の輪郭も朧に浮かび上がる。

「あ」

 思わず声を上げると、怪訝そうに雲雀がこちらを見やる。

「何?」

 くるりと体を反転させ、は雲雀を向き合う。

「今年もよろしくお願いいたします」

 新年の挨拶は交わしたけれども、今年も一緒に過ごす約束は交わせていない。

 言えば、雲雀は驚いたような顔をしていたが、口元に笑みを浮かべた。

「こちらこそよろしく。今年も離すつもりはないからね」

 腰を引き寄せられ、綺麗だが恐ろしい笑みに顔を強張らせる。

「……えーお手柔らかに……」

「良いじゃない。何だかんだ言って、そういうの嫌いじゃないんでしょ」

「人をマゾのように……」

 何だかんだ言いつつも、トンファーで殴られたことも、あまりケンカらしいケンカもしなかったので、今年は多少変化があるのだろうか。

 まぁ、なんにせよ「離す気がない」と言うことは、一緒に過ごすという言質は取れたわけで、にとってはそれだけで十分だ。

 お互い顔を見合わせて笑い、どちらからともなく顔が近づく。

 背を向けているためににはその姿は見えなかったが、光に照らされた雲雀で太陽の存在が確認できる。

 今年も、彼の人と健やかに過ごせるよう、暖かな光に祈りを捧げた。

ー幕ー

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