しんしんと降り積もる雪は、周囲の音を飲み込み、耳が痛くなるほどの静寂をもたらす。 そして、どんな厚着をしようと寒さは防ぐことは難しく、普段は上げられている部屋も几帳や御簾などで塞がれている。 寒い廊下を歩きながらふっと息を吐けば、たちまち白くなって消えた。 袖のうちに手を隠しながら、外の様子を眺めるが、闇の中にあっては整えられた庭も見えるはずもなく、見えたとしても真っ白な雪に覆われてしまっているのだろう。 ふと、視界に鮮やかな色が目に入り、そちらを見ては嘆息した。 庭に張り出した軒の下にいるは、若き棟梁であり神子を守る八葉の一人である源 頼久である。 「物好きだな。警護するにもせめて廊下に入ればよいものを」 そっと声をかけると、頼久は律儀に一礼する。 「殿のお心遣い、感謝いたしますが私はここで」 堅苦しいその挨拶も、もうすでに慣れて心地良い物になっている。 頼久から思いを打ち明けられ、互いに恋仲となってもそれは変わらない。 敬語は要らぬと言ってみた事はあるのだが、慣れないと言うのが頼久の回答だ。半分残念に思いながらも、そんな不器用な頼久が気に入ってもいるので、もそれ以上無理に止めろという事はなかった。 「年の瀬ぐらい、警護もしなくて良いのではないか?」 何があるか分からないので、用心するに越したことはないが、同じ八葉に陰陽師の泰明がいるのだし、こんな雪深くては流石の鬼も出てこないだろう。 人も怨霊も鬼も、自然の中で生きているが故に、冬には弱くなる。 そうは言ってみても相変わらず頼久は頑として頷かず、逆にこちらを心配してくる。 「殿こそ、お体に触りますのでどうぞ中へ」 はしばし考え、頼久に近づくと廊下に座り込む。 「殿!!」 慌てた頼久にも気にせず、は欄干に寄りかかる。 廊下の方が高いので、が座っていても目線の高さは丁度、立っている頼久と同じ位置になる。 「折角の年越しが、一人ではつまらないだろう」 「そういう問題では……」 「そういう問題だ」 言いかけた頼久の言葉をきっぱり遮ると、頼久は黙り込む。 今日は家族や親しい者と、一年の締めくくりをする大切な日であり、新たな年の始まりである。 そんな時に外で一人警護というのも味気なさ過ぎるだろう。 現に、自身も一人で過ごすのが嫌でここに来たのだ。 「私がここにいては邪魔か?」 頼久の目を覗き込むように顔を寄せれば、頼久は少し目を泳がせ、やがてため息をついた。 「……無理をなさらぬ程度にしてください」 その言葉には口元に笑みを浮かべた。 雪はしんしんと降り積もる。 夜が更けるにつれて雪の量も多くなり、この分では新年早々、どこの屋敷でも雪下ろしに追われるのだろう。 「殿、やはり中へ」 僅かに肩を震わせたのを、しっかりと頼久に見つかったらしい。 「いいや、もう少し……お前と今年最後の雪を見ていたい」 あまり自分の体が強くはないのは知っているが、今ここを離れるのは名残惜しい気がした。あまり頼久を困らせるつもりもないので、難色を示すようだったら素直に一室を借りてそこに泊まろうとも思うが。 「解りました。本当に、少しだけですね」 部屋に戻れといわれるのかと思ったが、あっさりと頷かれて逆に拍子抜けしていると、頼久が廊下に上がって来る。 どうしたのかとそのまま見ていると、不意にそっと抱き寄せられる。 「お一人より、暖かいでしょう」 珍しい頼久の行動にちらりと頭一つ分高い位置にある顔を見ると、僅かに赤くなっていた。 気づかれないように口元に笑みを乗せ、は頼久に甘えるように身を預ける。 「頼久。今年一年ありがとう」 いささか唐突な気もしたが、声をかけると頼久の腕に僅かに力がこもる。 「いえ、私こそありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします」 そっと視線が絡み合い、雪の上の影が一つに重なりあう。 年が明けたら、また二人で雪を眺めて、新年の挨拶を交わそう。 ー幕ー |