一番に願うのは

 まだ外が暗闇に支配されている時間、高らかに鳴り響いた電子音には眉間を寄せて布団を頭まで被り直した。

 鳴り止む気配のない音にイラつきながら布団から跳ね起きると、を嘲笑うかのように光っている携帯電話が目の前に転がっていた。

 いったい誰がこんな夜中に電話なんかしてくるんだと思いながら、通話ボタンを押すと聞き慣れた男の声でクフフという独特の笑い声が聞こえた。

、早かったですね」

「そりゃ早く来ないと迎えに行きますよって言われりゃ頑張るだろ。元旦夜中にいきなり電話で脅して公園に呼び出す奴がいるかっての」

 が開口一番で悪態をついても骸は気にした様子も無く、自然の事のように右手を差し出すからは眉間に皺を寄せながらもその手を取らずにはいられなかった。

 が手をとった瞬間、辺りの景色が一変して何処までも広がる空に、青々とした草原が広がっていた。

 骸の作り出した世界という事は判るが、どうして連れてきたんだとは骸を見上げたが逆に微笑まれればどうしていいかわからなくなる。

 慌ててが視線を外すとまるで逸らすなというように、骸の長い指がの顎を捉えて上を向かされた。

 そのまま骸の顔を見つめていると、骸は苦笑して顎に触れていた手が外して、は何故か手が離れた事が悲しくて思わず骸の手を握っていた。

「どうしました?心配しなくても僕はここにいますよ」

 クフフと笑ってくしゃりとの頭を撫でて骸がの手を握り返すから、はこの手の優しさが忘れられなくなる。

「顔、綺麗だよな」

 ぽつりと漏らした言葉は小さかったが骸の耳にはしっかり聞こえたらしく、意地の悪そうな笑みを浮かべての耳に唇を寄せた。

 耳に感じる吐息にぞくりと身体を震わせれば、骸が肩を震わせて笑っていては何だか腹立たしくて骸を睨みつけた。

 楽しそうにオッドアイが細められて、はその瞳の色に吸い込まれるんじゃないかと不安になった。

「顔だけ、ですか?」

「そういう意味じゃないんだけど……。いいじゃん、褒めてんだから」

「お褒めに預かり恐悦至極、ですかね」

 優雅に一礼する骸は様になっていて、まるでどこかの御伽噺に出てくる王子の様な気がしては思わず笑ってしまった。

 骸が王子では話が筋書き通りに進みそうにも無い。

「骸」

「はい」

 呼べばちゃんと返事をくれて、に対してはきちんと向き合ってくれる。

 いい加減に見えて、きちんと自分の考えや筋を通す強さが骸という人間なのだと思う。

「俺は骸が好きだよ」

「知ってます。あぁ、忘れないで下さいね。僕はを愛していますから」

 ふわりと優しい力で引き寄せられ、骸の胸にすっぽりと収まってしまいは慌てたが骸は構わずにの頭に指で触れる。

 さらさらと流れる髪が心地よく、このまま手を放してしまうのが惜しい気がしたが、これからずっと手を放さなければ良い話だと骸は思い直す。

 だけは譲れない、大切なものだから。

「神なんて信じたりはしないと思っていたんですがね、最近悪くはないとも思うようになったんです」

 骸が小さく呟けばは不思議そうに骸の顔を見上げたが、骸は変わらずに笑みを浮かべるだけで、は次の骸の言葉に静かに耳を傾けた。

のせいですよ、僕が変わったのは」

「俺の……せい?」

 骸はの頬に唇を落とすと、いきなりを抱き上げて横抱きに抱え上げた。

 所謂お姫様抱っこには慌てたが、骸は穏やかな顔でを見つめるだけで、仕方なくは骸の首に手を回した。

「神頼みでもしに行きましょうか。と僕を引き離したりしたらどうなるか味わってもらいましょう」

「……それって恐喝」

「何か言いました?

 クフフと笑う骸にもう何を言っても無駄だなぁと思いながら、は何を願おうかと考えた。

 今まで何度か神様に頼み事はして来たが、今年は少し違うものにしようと心に決めて。

「そういえばは願い事考えたんですか?」

「……秘密」

「ほぅ?僕にも言えない事ですか。良い度胸だと褒めておきましょう」

 きっと付け上がるから骸と同じだとは口が裂けても言ってはやらないと、は心に決めた。

ー幕ー

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