夜だというのに明るい通りを多くの人が行きかい、あちらこちらで声が響く。 今宵は祭りが催されこの時ばかりは、暗い世相を忘れて皆で飲んだり踊ったり、実に賑やかであった。 たまには羽目をはずして騒ぐのもよかろう、という局長の御許しもあり、何かとお祭り好きな隊士たちは早々に何処かへ行ってしまった。 何時も死と隣り合わせの日々の隊士にも休息が必要なので、羽目を外さないようにとだけ言って土方も皆を送り出した。 あまり賑やかな場所を普段は好まないが、今日ばかりは周りの隊士たちのせいか、たまには悪くないとさえ思える。 と、 「土方さん」 名前を呼ばれて振りかえると、そこには珍しい姿があった。 「か……何してんだ?」 そこに立っていたのは、陰間茶屋の売れっ妓であるであった。普段の派手な着物とは違い、落ち着いた色合いの着流しを纏っているその姿は、普段と比べると随分印象が違う。 元の造作が良いせいか浴衣であっても艶やかで、華やかな着物を纏って歩く女達よりもその姿は際立って見える。 事実、通り過ぎる老若男女問わず、の姿を振り返って眺める者も多かった。 珍しいのは装いだけではなく、普段であれば何時も根城にしている陰間茶屋の外に出ている所をほとんどみたことがない。 この場所自体も茶屋から離れているし、大抵外に出る時には客に買い切りで買われている時だけだと聞いていたのだ。 今日も買い切りの客の付き合いかとも思ったが、周りを見てもそれらしい姿はなかった。 「今日は店主が俺の時間を買いあげてくれたのさ」 事もなげに言って、は笑った。 借金をしている遊女などは、自分が休む際にはその日の自分の料金を店に納めると言う事もあるらしいが、の場合は店がたまの休みをわざわざくれたらしい。 何故雇い主が陰間の休みに金を支払うのかは謎だが、そこは聞いても仕方ないので放って置く。 「土方さんは一人?」 「あぁ、他の連中は皆気ままだからな」 なら、とは土方の隣に肩を並べた。 どうやら付いて来るつもりらしい。 「俺はさ、この辺り詳しくないんだよ。ふらっと来てみたけど、迷っても困るし」 「仕方ねぇな」 なら、その辺りの男でも女でも声を掛ければ誰でも付き合ってくれそうなものだが、口では何だかんだと言いつつ一人で回るよりは土方自身も退屈しない。 何時もはぼったくりの様な金額を払わされるが、この日は金も時間も気にしなくて済むとあれば、断る理由もなかった。 興味深そうにのんびりと露店を眺めているに合わせて、土方も歩調を合わせる。 「あまりこういった所は来ねぇのか?」 「んーまぁね。客の買い切りの時は大抵、何処かの料亭だったりするしあまり外って出歩いたことないんだよ。出歩いたとしても夜だし」 基本的に昼と夜が逆の生活をしており、最初に出会った時のように大抵は夜にふらりと散歩するぐらいなのだと言う。 そう考えると、店に入る前はどうだったのかは知らないが、ほとんど外の世界を知らないのだろう。 がどう思っているかはともかく、何故か酷く勿体ない気がした。 人ごみの中を歩き慣れていないに気を使いながら、二人でのんびりと歩いていると、ふとの足が止まる。 何かと思って土方も足を止めると、の目線の先には色とりどりの煙管が並んでいる。 そう言えば、何時も行くの部屋には煙草盆がありちょくちょく、煙草を嗜む姿を見ていた。 多く並んでいる煙管の中から、土方はひょいっと一本を手に取る。 朱塗りの羅宇に金の桜の文様が描かれ、吸い口にも雁首にも見事な細工がされている物だ。 白い肌と細い指のが持つと、しっくりとなじみそうな品だった。 「あれ? 土方さんて煙草吸ってたっけ?」 不思議そうに首を傾げるの横で、徐に懐から金を出すと、のんびりと座っている店主にそれを渡す。 「まいど」 買った煙管をそのままに手渡すと、しばし煙管と土方を見比べていたがやがてそっと袂に落とし込んだ。 「普段もお金払ってもらってるのに悪いね」 の言葉に、そう言えば毎度毎度この煙管よりもはるかに高い金額を払っている自分に気がつく。 だが久々の祭りで、こうして玲が楽しんでいるのを見れば安い物だと思い直す。 ほとほと今日の自分は甘くなっているらしい。 「金はいらねぇが、礼ぐらいは寄越せ」 そう言った土方に、はくすくすと鈴を転がすように笑った。 「ありがとう」 華やかな笑みと共に絡んで来た細い指を握りこみ、再び歩きだす。 これから店に行くたびに、の持つ煙管と煙にこの夜の事を思い出すのだろう。 普段ほとんど出られないも、同じ様にこの日を思い出してくれれば良いと思う。 久々に味わうゆったりとした賑やかな夜に、たまにはこんな日も悪くはないと小さく笑った。 ー幕ー |