夏色のキス

 いつも明るく楽しい事が大好きなだから、きっと行こうと言い出すだろうと予想はしていた。
 いつも通り昼休みに応接室で二人きりの昼食を食べていると、不意に視線を感じて前を見れはが目を輝かせながら口を開いた。
「恭弥、明日一緒に並盛じ」
「並盛神社なら行くよ。お祭りでしょ」
 恭弥がそっけなく言葉を遮ってそう言えば、驚いたような顔をしたがすぐに嬉しそうな笑顔に変わるのが可愛い。
 を一人でいかせると言う選択肢はもう恭弥の中で消し去っていて、行くなら一緒に行こうと思っていた。
 仕事は早く終わらせて二人で回ろうと決めた瞬間、恭弥の顔は酷く嬉しそうな笑みになった。
「委員長、いい事ありましたか」
「まぁね。草壁も回収終わらせたら帰っていいよ」
 当日、との待ち合わせより早く草壁と並盛神社に来た雲雀は、いつものように場所代を取りに各出店を回った。
 何か問題があれば雲雀の携帯へ電話するように言っておけば、後は草壁に任せても問題はない。
「見回りをして帰るつもりです」
「そう」
 草壁と話しているとちょうど約束の時間になり、雲雀は草壁を残して待ち合わせである神社の入り口へと急いだ。
 辺りはまだ明るいが時計の針はもう6時を回っていて、雲雀はまだ青さを残している空を仰いだ。
「恭弥?」
 呼ばれて振り返れば紺の浴衣を着たが立っていて、雲雀はしばし目を奪われてみとれた。
 夏らしい紺の生地に流水を表す模様が白く描かれていて、制服姿を見慣れているせいか違う人物のように見える。
「恭弥?」
「何でもないよ」
 の手を伸ばして握ると、少し照れたように笑うから恭弥はますます目が離せなくなった。
 例え学校の誰かに見られたとしても構わないし、これでに声をかけてくる人間が減るのなら願ってもない。
 群れている人間は嫌いだが、どうしてもだけは嫌いにはなれなくていつからか目で追うようになっていた。
「恭弥、たこ焼き食べない?俺、買ってくるよ」
「いいよ。僕が行ってきてあげる」
 そういうと恭弥はを人混みから離れた場所に残し、先程回収に立ち寄った屋台に向かった。
 店の前に人がちらほらといたが、店主は恭弥の姿を見るなり青くなり慌てて恭弥に声をかけた。
「な、何か……」
「たこ焼き、一つ。早くして」
「はっはい、ただいまっ」
 店主は慌てて出来上がったばかりのたこ焼きをビニール袋にいれ、早く立ち去ってくれと言わんばかりに恭弥につき出した。
 恭弥はさも当然のようにお金を払うことなく立ち去ったが、誰かに咎められることもなかった。
 望みどおりのたこ焼きを手に帰れば見知らぬ男が二人、へと言い寄っているのが目に入った。
「恭弥っ」
「何、友達帰って来たの?」
 ヘラヘラと笑みを浮かべている男がこちらを振り返った瞬間、男の咽喉元には銀色に輝くトンファーが突き立てられていて恭弥は獰猛な瞳で男を見据えた。
 少し目を離した隙にこうも容易く男に声をかけられるのはどうかと思ったが、今日はいつもと服装も違うし祭りという事で目の前の男達も浮き足立っているのだろう。
 だが、に目をつけたのは男たちにとって災難だったのは言うまでもない。
「友達?彼氏、だよ」
 言うなり恭弥は一瞬で男達を地に伏せ、の腕を掴んで歩き出して人通りの少ない林へと歩みを進めた。
「恭弥っ、何処へ行くんだよ」
「花火、見たいでしょ」
 が悪いわけじゃないのに、男達といる姿を見た瞬間頭に血が上ったように怒りが全身を駆け巡った。
 どうにか自分を落ち着かせようとしても、男を倒した後に当たりそうになる自分を宥めるので精一杯だったのが悔しい。
 気分を落ち着かせようと近道をして境内へと向かうと、空にはもう色とりどりの花火が夜空を埋めていて少し残念に思った。
 最初から此処に来れば良かったと思っていると、不意に袖を引っ張られてを見ると嬉しそうな笑顔を寄せてありがとうと耳元で呟かれた。
「それはこっちの台詞だよ」
「え?」
 呟いた言葉はには聞こえなかったらしいが、恭弥にとってはそんな事はもうどうでもよかった。
 二人だけでこの花火を見られて、笑っていてくれるだけで構わない。
 恭弥は花火に夢中になっているの顔を引き寄せて、優しく唇を奪った。

ー幕ー

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