花火をした後で

 空は夕日に焦がされて赤く染っていて、はその中を一人地図を片手に見ながらのんびりと歩いていた。
「確かこの辺なんだけど」
 地図に描かれているのは手塚の家の行き方で、簡単に手塚が書いてくれてわかりやすかった。
 ただ、近くまで来ているはずなのにそれらしい手塚家の表札が見つけられずに、目の前の光景と地図を見比べるばかりだった。
、近くまで来てるなら電話してくれれば迎えに行ったんだが」
 暫く地図とにらみ合っていると、聞き慣れた声がして振り返ると手塚が苦笑しながら近くの門から出てきた。
 手塚の後ろを見れば、そんなに大きくはないが立派な作りの門の横に手塚という表札を見て唖然とした。
「ごめん」
「いや、俺がちゃんと駅まで迎えに行けば良かったな。すまない」
 手塚はそういうと扉を開けてを家に招き入れた。
「ちゃんと此処まで来られたから大丈夫。来てくれてありがと」
 夏休み中は手塚はテニス部で忙しく殆ど休みが合わずにいたが、先週連絡が来てやっと休みを合わせる事が出来た。
 手塚とどう過ごそうかと考えていっそ二人で遠出しようかとも思ったが、暑い中出掛けると考えただけで気分が萎えてしまった。
 結局二人ともまだやっていなかった花火を、手塚の家に夕方から行って庭でする事にした。
「想像通りの日本家屋だな」
 手塚から借りた浴衣に袖を通しながらそう言えば、手塚は桶に水を入れて庭に置いたところだった。
「そうか。この間テニス部のメンバーが来た時には大きいと騒いでいたけどな」
 の家はマンションで和室もあるが、此処とは比べものにならない気がする。
 ごろりと横になれば畳特有の井草の匂いがしては笑みを浮かべていると、手塚が部屋に入って来ての頭の近くに腰を下ろした。
 手塚は長身のせいか紺色の浴衣が良く似合っていて、いつもとは違う手塚には思わず見惚れてしまった。
 一方が借りた浴衣は藍色に毬が描かれている女物で、手塚のお母さんの背丈に近い為に不本意だが借りる事になった。
「可愛いな」
 ぽつりと手塚が呟いた言葉に驚いたが、見れば優しい瞳でを見ていて思わず腕で赤くなった顔を隠した。
 涼しい顔をして面と向かって恥ずかしげもなくそんな事を言われると、どうしていいかわからなくて逃げたくなってしまう。
 そんなを手塚はからかう訳でもなく、ただ優しい瞳で見つめているから余計に居たたまれない。
「手塚も……似合ってるよ」
 小さく呟けば顔を隠していた腕を掴まれて、目を開ければ思ったよりも近くに手塚の顔があって驚いた。
 強い力で捕まえられたように手塚の瞳から逸らす事が出来ずにいると、不意に目の前に影が出来ての視界を覆い隠した。
「て、づか?」
「目、閉じてくれ」
 言われるままに瞳を閉じると同時に柔らかい感触が唇に触れて、今手塚にキスされているのだとわかった。
 逃げる事を許さないとでもいうように何度も唇を奪われて、いつの間にかしがみつくように手塚の浴衣を握りしめていた。
「ん……」
「いつになったら……」
「何?」
 唇が離れると同時に手塚に唇を舐められて、どうしようもなく恥ずかしさだけがの中で膨れ上がる。
 手塚の言いかけた事が聞きたいのに、唇を開けばまた塞がれてしまいはただ瞳を閉じて手塚とのキスに溺れるしかなかった。
「さっきの、言いかけたのは……何?」
 あれから暫く手塚に翻弄されるまま唇を重ねて、の息は上がってしまっているのに手塚は全くそんな気配もなく普通に見えるのはずるいと思う。
 ただ久しぶりの逢瀬に歯止めが聞かないのは唯も同じで、手塚が欲してくれているのがわかって内心嬉しくもあったから止めようとも思わなかった。
「俺はいつ、飢えたようにを求めるのが収まるのかと思っただけだ。いつだってに触れていたくて欲しいと思っている」
 手塚は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
「それは口説いてる、の?」
 そうが言えば少し驚いたように目を見開いて、それから手塚は目を細めての首筋に顔を埋めた。
 しばらくそうしていると、手塚はぎゅっと腕を回してを腕の中に抱きしめて動かなくなった。
 色々な事がこの背中に乗っているような気がして、は無意識に広い背中に手を回して同じように抱きしめ返した。
「目に見えるように繋がっていられたらいい。ずっとが俺から離れられないように」
「離れたりするわけない」
 隙間なくぴったりと抱きつけば嬉しそうに笑う手塚がいて、は自ら唇を合わせてキスをした。
「くに、みつ」
「……暫く名前は呼ばなくていい。今呼ばれると困る」
「どうして……っつ」
 今まで恥ずかしくて付き合い始めても名前では殆ど呼ばなかったが、今なら呼べると思って呼んだのに何か不味かったのだろうか。
 そう思って手塚の顔を覗き込もうとすれば、荒々しく唇を塞がれて口腔内を蹂躙するように舌が動き回る。
 深い口付けは今までほとんどした事がなかったのに、どうしてと思いながらただ手塚にされるがままだった。
「ふ……」
 唇が離れて上を見上げれば何故か辛そうな顔をしている手塚がいて、どうしてそんな顔をしているのか理解できなかった。
「襲われたくなかったら名前で呼ばないでくれ。今、呼ばれたら止められない」
 二人きりの離れに浴衣姿で畳の上に寝転がっているのを想像した瞬間、の顔は赤く染まり身体が固まったのがわかった。
 そんなときに愛しい人から滅多に呼ばれない名前を呼ばれれば、スイッチが入ってしまうのも仕方ない。
 しかも夏休みに入ってからほとんど会えていなかったのだ、止められるはずがないと言われて嬉しいと感じている自分がいる事をは知った。
「花火、したら……して」
「っ、
 赤くなりながらも怒る手塚を笑いながら、はそっと瞳を閉じて腕を回した。

ー幕ー

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