二人の華

 夏特有の暑さを含んだ風が吹き抜けていくのを感じながら、はただひたすら目の前にある月をうつしている川を見つめた。
 今日は夏の最後を飾る花火大会の日で、どうしても蓮と一緒に見たかった。
「すまない、遅くなった」
 約束の時間から10分ほど過ぎた時、こちらに向かって駆けてくる蓮の姿があった。
 忙しい練習の合間で良ければと取りつけた約束だっただけに、最悪の場合来られないだろうと思っていたがそれが杞憂に終わってほっと息をついた。
 いつも時間通りには来る蓮が珍しいと思うと同時に、それほど忙しいのに時間をさいて来てくれた嬉しさと同時に申し訳なさを感じる。
「そんなに走らなくても大丈夫だよ。ありがと」
「いや、を待たせるのは……それに俺がに会いたかったから、いいんだ」
 照れを隠すように横を向く蓮を見て、唯はもっと色々な表情の蓮を知りたいしこれからも一緒の時間を過ごしたいと思った。
 ヴァイオリンの練習に打ち込む姿もいいが、こういう表情をしている蓮も大切にしていきたい。
「もうすぐ花火あがる時間だろう?行こう」
 蓮がそういうと、は笑顔で頷いて二人は花火が見える場所まで人混みの中を移動した。
 先導する蓮の姿を見失わないように大股で歩いていると、ふと目の前に手が伸びての手を優しく引いてくれて前を見ると耳を赤くした蓮がゆっくりと歩いていた。
 暫く歩いていると、大きな音と共に光輝く華が夜空を埋めるように咲き誇る。
 空に広がる大輪に心を踊らせて見つめていると、隣に並んだ蓮が此方を見ている事に気付いた。
 直接花火を見た事がないと蓮の口から聞いた時、最初の花火を一緒に見れたらいいなと思って声をかけた。
 さきほどから繋いだ手が妙に気になって、目は花火を見ているのに何故か意識は全て蓮に持っていかれている自分に気付いて苦笑を漏らした。
「どうした?」
「いや、花火が綺麗だなって」
 そっと呟けば蓮も頷いたのがわかって、一緒に同じ花火を見られて良かったと笑みを浮かべた。
 これから二人の歩く道が違ったとしても、こうして隣に立って同じものをみて同じ気持ちを持てれば大丈夫だと思う気持ちになる。
 蓮は音楽を続けて行くのだろうし、は自分の歩く道を決めてお互いに支えあっていける関係になろうと目の前の花火に誓った。
 あっという間に空を彩っていた花火が終わってしまうと、少し悲しくてが暗くなってしまった空を見上げていると同じように蓮も空を見上げた。
「花火綺麗だし好きなんだけど、終わっちゃうのが悲しくてさ」
「……だが、あの一瞬だから輝いて見えるんだろう。俺はと見れて良かったと思う」
「え?」
 蓮はそういうとそっとの頬に手を添えて、優しくゆっくりと顔を近づけるから慌てては瞳を閉じて蓮の腕を掴んだ。
 外でしかもこんなに人がいる場所でキスをするのは初めてで、蓮はそういうことを気にしそうなのに珍しいと思いながら優しく甘い唇に身を委ねた。
 長い睫毛に色素の薄い青みがかった髪、端正な顔立ちの蓮にファンは多く引く手はあまたのはずなのに音楽一筋なのは蓮らしいと思う。
 今が今日見た花火のように一瞬の夢のような輝きだったとしても、蓮だけは離したくないと思う。
?」
「なんでもない。これからご飯でも食べる?」
 どうしても時々自分達が男同士という事が頭から離れなくて、これから先蓮の歩む道の邪魔になるならと思って別れようと思うこともある。
 その度に蓮は眉間に皺を寄せて怒るのだが、こればっかりは仕方が無い。
 今日だけはマイナスな意識を忘れるように笑顔で明るい声を出せば、蓮は痛そうな表情をしてを見つめていた。
「構わないが……。、何を考えていた?」
「う……」
 言いよどむを蓮は真剣な瞳で見つめて、の手を両手で優しく包み込んだ。
 蓮の手は少し冷たくてそれが気持ち良くて握り返すと、蓮は微かに笑っての髪を優しく撫でた。
「最近、俺の音が変わったと金澤先生や講師の先生方に言われた。もちろん学内コンクールのメンバーの影響もあるだろうが、俺はが変えてくれたのだと思う。が俺の音が好きだと言わなければ、俺の音楽が変わることはなかったかも知れない。今日の花火も一緒に見ることもなかったかも知れない」
「……何もしてない。俺は、俺が蓮と一緒にいたかっただけで」
「その気持ちが嬉しいんだ。だから……ありがとう」
 そういって笑った蓮の顔は、先程まで夜空を彩っていた花火に負けないほどの引力での心を惹きつけて離さない。
 湧き上がるようにとめどなく溢れてくる蓮への気持ちは抑えられそうにもなくて、が蓮の胸に頬を寄せれば蓮は優しく微笑んで額に口付けた。
 蓮が笑いかけてくれる限り、ずっとこの胸に咲き続ける花は枯れることはないだろう。
 繋いだ手を離さないように、は蓮の少し大きい手を握り締めた。

ー幕ー

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