「くりすます?」 の言葉に、友雅は首を傾げた。 「そ、クリスマス。海の向こうの国の祝い事」 謂れを説明するのは面倒くさいので割愛し、あまりにも簡潔すぎる説明をするが、友雅はさらに首をかしげた。 無理もないが、この際そんなものはどうでも良いのだ。 「クリスマスが何かってことはこの際どーでも良くて、問題はプレゼントっていう送る品なんだよ」 こちらの暦が現代と若干ずれてはいるが、そろそろクリスマスイヴである。 今まで京に来る前は、あかねや天真、詩紋達と毎年ささやかなクリスマスパーティーを楽しんでいた。 もっとも、今は鬼や怨霊との戦いでそれどころではないのだし、こちらでは炭や蝋燭も貴重なもので贅沢に使うわけにもいかない。 それでも、日ごろ頑張っている三人に何か出来ればと思ったのだ。 「クリスマスとやらは贈る物が必要なのかい?」 「本当はいい子にしている子供には、朝に枕元に欲しいものが置いてあるんだ。とはいえ、親とかが子供の欲しいものを事前に調べておいて、寝ている間に置くんだけどな」 ちょっとしたサプライズ程度に、そんなことがあれば少しは気分も紛れるだろう。 とはいえ何かを調達しようにも京の事は明るくないし、かといって藤姫に頼んだのでは同じ屋敷に住んでいるのだからばれてしまう。 それに、藤姫にも何かと考えているのでそもそも頼むわけにもいかない。 そういうわけで、隠し事が出来そうな友雅に頼んでいるのだ。 「殿は熱心だね」 あれこれ入用の物と書き出していると、友雅が笑う。 友雅は華やかだが、あまり物事に熱心になる性質ではないので、どちらかといえば呆れているのかもしれない。 「俺は何もしてないからな。まぁ気晴らしになればそれで」 は京に来たというのに、怨霊と戦う能力も封じる能力もない。そのため、基本何もすることがなく、何時も街の人から人づてに情報を得たり、後方支援しか出来ないでいた。 だから、このクリスマスの企画はあかね達のためでもあるのだが、何もできない自身の気晴らしと自己満足なのだ。 友雅に入用のものを頼み、はふーっとため息をつく。 「あかね達は良いとしても、問題は友雅だよな……」 一応、恋人同士という関係になっているからには何か贈りたい。 今回友雅に協力を頼んだのは、事前知識を植えつけるためでもあるのだ。名目的にはあかね達の為にということになっているので、友雅宛てに何か用意していることがばれなければそれでいい。 残る問題は贈る品物である。 物に執着しないと聞いたことがあるし、となると物を贈っても仕方ないように思う。 なら食べ物にと思っても、一年中なんでも手に入る現代とは違い、京は冬で作物も少ないうえに、友雅に好物を知らない。 何かをあげても、心から彼が喜ぶものなんて贈る事が出来ないように思えた。 妥当に装飾品を渡すか、と考えこちらで手に入る石を加工して何か作れないかを考える。あまり凝ったものは作れないのでネックレスのようなものを考えて、ふと龍神の玉の事を思い出す。 「鎖骨……だったな」 八葉である証である玉は、体に埋まっている。 に能力がないとはいえ、玉は見える。本人達や神子であるあかねはそう思っていないだろうが、まるで龍神の所有物であるかのようにには見えた。 そして、よりにもよって友雅の玉は鎖骨にあるのだ。 ネックレスのような物を贈ったら、長さによっては玉と似たような位置にペンダトヘッドが来れば、何だかそれを隠すために贈ったような気になる。 「……あー……玉が恨めしい……というか羨ましい」 文句を言ったところで仕方がないのだが、はまた違うものを考え始めた。 雪の降る朝、藤姫の屋敷は何時にも増して賑やかだった。 クリスマスという行事を知る者も知らない者も、それぞれの手にあるプレゼントに笑みを浮かべていた。 あかねには可愛らしい小物、天真は着物が動きにくいとぼやいていたので、動きやすい着物など、それぞれに合ったものをが夜中の内にこっそりと枕元に置いておいたのだ。 藤姫などは事情を知らないだけに、最初は不思議というよりも突然枕元に置いてある物に不安そうであったが、訳を話せば喜んでくれた。 他の八葉にも人に頼んであるので、今頃手紙つきのプレゼントが手元に届き、律儀に朝一番にお礼の文が届いた者いた。 唯一の心配事といえば、友雅である。 あれこれ悩んだ割りには結局、蝙蝠という扇を贈ることにした。 あまり高い物は買えないので、大した品ではないが一応彼に合うものを選んだつもりだ。彼が喜んでくれるかを別として、あかね達の気分転換になったのだから、本来の目的は達成されている。 「殿」 呼びかけられて振り返れば、そこには友雅が立っていた。 「おはよう」 「あぁおはよう。まさか、八葉や私の分まであるとはね」 あかね達の分は協力してもらったが、八葉の分は友雅に内緒でこっそりと用意したのだ。 友雅のおかげで京の市の事に詳しくなり、全員分のプレゼントも何とか間に合った。 「あかねたちと違って、皆の好きな物は解らなかったけど、少なくとも悪い気はしないんじゃないかと思って」 天真にはもう子供じゃないんだぜと言われたが、口でそう言いながらも笑顔を浮かべていた。 イノリはあまりクリスマスという意味は分からなかったらしいが、「ありがとうな!」と元気にお礼を言って帰っていった。 それだけでも十分やった甲斐があったというものだ。 「あまり大した物が用意できなくて悪かったな」 唯一心残りはそこで、華やかな世界を生きる友雅は、日ごろから文だろうが高価な贈り物だろうが様々な物を貰っているだろう。 それに比べたら、あまり見栄えするものでもなく、少しだけ引け目を感じる。 「殿がくれたものなら何でも嬉しいのだよ」 くすりと笑った友雅の顔で、少なくとも気を悪くしていない事だけでも分かり、ほっと息をつく。 「それから、私から殿にプレゼントだよ」 手を取られ、そっと手のひらに落とされたのは、美しい玉で出来た首飾りであった。 綺麗な翡翠色のそれは、丁度友雅の玉の色とよく似ている。 「これは……」 「殿が、玉が羨ましい……と言っていたからね」 耳元で囁かれて、はうっと呻く。まさか聞かれていたのかと思うと、たまらなく恥ずかしい。 「えーっと……それは……その……」 「恨めしいとも言っていたけれど、妬いてくれていたのなら嬉しいね」 着物の袷から見える玉は美しくきらりと輝き、は思わず視線を逸らす。 と、ぐいっと手を引かれ、友雅の腕の中には簡単に収まってしまう。 「玉なんか神子殿が京を救ったらなくなるのだから、忘れてしまいなさい」 友雅の声が優しく響く。 小さな事に拘っていた自分が馬鹿らしく思え、はくすくすと笑う。 「ありがとう、友雅」 「こちらこそ、ありがとう」 が手にしていた玉の首飾りを友雅が首に掛け、があげた扇を友雅が開く。 何をするのかと思えば、友雅は艶やかに笑った。 「折角だから、使わせてもらおうと思ってね」 言うなり、顎を持ち上げられ口付けが落とされる。 それを隠すように広げられた扇から、仄かに白檀の香りが漂った。 ー幕ー |