君の傍で

 目の前の金色の髪に手を伸ばせば思ったとおりのさらりとした感触がして、は満足そうに笑みを浮かべてアクラムの髪に唇を寄せた。

 こんなにゆっくりとした時間が流れるのも、ここがアクラムの力によって閉ざされた空間だからだろう。

 はこの二人だけの時間が好きだった。

 しばらくそうしているとアクラムの眉間に皺を寄せられたが、拒否はされなかったのでそのまま触っているといきなり押し倒された。

 目の前に広がる空と蒼い綺麗な瞳に目を奪われていると、アクラムはそっと唇を重ねての頬に手を重ねる。

「アクラム?」

「物欲しそうな顔をしているな」

 ゆっくりと唇が離れてが口を開くと、アクラムは優しい瞳での心を絡めとる。

 いつだってそう、アクラムの瞳からは逃れる事はできない。もともと逃れるつもりはないのだけれど。

 追いかけるのはのほうで、アクラムは時折こちらを見て笑みを浮かべるだけ。まるで追いかけてくるのを楽しんでいるかのように。

 あかねを見る瞳も嬉しそうだが、を見つめる瞳とは少し違うように見えるのはがアクラムを好きだからなのだろうか。アクラムからしてみれば、どちらもからかって面白いだけかもしれない。

 それでもはこの男から離れられなかった。

「そういえば今日クリスマスだ」

 ぽつりとそう漏らせばアクラムは怪訝そうに眉を顰め、そういえばこの時代にクリスマスはないのだと思い出した。

 の時代には当たり前のようにあったイベントがこちらにはなくて、嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちになる。

 が感慨に耽っていると、アクラムは覗き込むようにしてをみつめた。

「クリスマスといったか」

「うん。あっちの世界では12月25日に集まって食事したり、物を交換したりして遊んだりするんだ」

「ほう」

 キリストがどうのなどはキリスト教徒ではないし、アクラムに言ったところでまたややこしい説明になりそうだったので割愛させてもらう。

 通じたのか甚だ不安ではあるが、間違いではないしこれで良いかとも思った。

「では、お前は私に何をくれるのだ?」

「アクラム?」

 アクラムはそういうとの手をそっと引いて起き上がらせ、ふわりと自分の膝の上に座らせた。

 唐突な質問とアクラムの膝の上という場所にが困惑していると、アクラムは人の悪そうな笑みを浮かべて唇を塞いだ。

 はアクラムの胸を押し返すが力の差は歴然で、せめてもの仕返しにとアクラムの舌を噛めばふっとアクラムが笑ったのがわかった。

「性格悪いっ」

 長い口付けから開放されればの息は上がっていて、一方のアクラムは楽しそうに目を細めてを見つめていただけ。

「それで? 物の交換とやらはどうするのだ」

 改まって聞かれるとどうしていいやら判らず、は考えたが今あるものは着ている狩衣ぐらいで生憎何も持っていない。

 まさかどこかの少女漫画ではあるまいし「私」という選択肢もないだろう。を貰ってこのアクラムが喜ぶとも思えなかった。

 結局思い悩んだ挙句、は自分の髪を束ねていた藍色の組み紐を解いた。

 少し伸びた髪がうっとおしいが、邸に帰れば換えはあるし困るほどの物でもない。

「持ち合わせがないから、これで勘弁してくれ」

「では私もお前にやろうか」

 がアクラムに組み紐を渡せば、アクラムも自分の髪を束ねていた真紅の組み紐をの手に握らせた。

「紐の交換? 別に同じものじゃなくても良いんだけど」

「不服か? これを見るたびに我を思い出すだろう?それとも私が欲しいか?」

 アクラムのプレゼントが不服なわけではなかったのだが、質問攻めにはゆるく頭を振った。

「ならば問題ないな」

「アクラムは思い通りにならない事ってなさそうだな」

 何でも決めていくアクラムにがそう呟けば、心外だと言わんばかりに眉間に皺が寄った。

 人にはない力を持つ鬼であるアクラムと、ただの人である自分とでは立場も何もかも違いすぎる。

 そういえば京が欲しい、神子であるあかねが欲しいと言っていたが、まだどちらもアクラムの手中にはないのだとは気付いた。鬼といってもシリンにセフル、イクティダールと本当に人数は少ない。

 もしかしたらさっきのは失言だったかと恐る恐るアクラムの顔を見れば、少し驚いたように目を見張った顔が覗いた。

「ククク、本当にお前は見ていて飽きぬな」

「何だよ、それ」

 アクラムから見ればは子供だろうが、そう面白いものを見るように笑われるのは心外だった。

「我の手にあるものは少ない。だが、その中にお前がいると考えても良いのだろう? 

 言われた瞬間、は自分の体温が上がり顔が赤くなったのを感じた。

 どうして目の前の男はこうも恥ずかしい事を当然のように言うのだろうか。

 ぎゅっとアクラムの直衣をきゅっと握り顔を埋めると、アクラムは優しくの髪を撫でて耳元で囁いた。

?」

 呼ばれれば無視は出来なくては小さく頷くので精一杯だったが、もしこのとき顔を上げればアクラムが満足そうに笑ったのが見れたかもしれない。

 がいるからこの京をこのままにしておくのも悪くはないと、アクラムがそう思ったのは秘密だ。

 当初神子だけ連れてくるつもりが計算が狂い3人もくっついて来てしまったが、連れてきて良かったのかもしれない。

 京より神子より欲しいものが手に入ったのだから。

「アクラム様楽しそうだね」

 ぎゅっとの身体を抱きしめたアクラムの耳に聞こえたのは傍らに居る黒麒麟で、声が小さかったせいかには聞こえていないようだった。

「お前にもはやらぬよ」

「……僕も好き」

 それから数日泣き続ける黒麒麟の機嫌を取るイクティダールの姿があったとか、なかったとか。

ー幕ー

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