まだ薄暗い室内で聞こえるのは時計の規則正しい音と、隣で眠るヴィンセントの寝息だけで静かな時間が流れた。 ヴィンセントの端正な顔立ちをこうして眺めていられるのも、寝ている時かデスクに向かっている時に眺めるくらいで滅多に出来ない。 普通に眺めようものならからかいの一つも言われる気がして、は少しだけ早く起きて眺めるのが好きだった。 だが、いきなりの腰に腕を回され、力強く抱き寄せられて身体が密着した。 「起きていたのか」 「ついさっきね。おはよう、」 甘い笑みを浮かべて笑うヴィンセントは、おはようと言ったくせにまた瞳を閉じて寝る体制に入ってしまう。 いくら仕事がないと言っても怠惰な生活は勿体無い気がして、が起きようとすれば後ろから抱き締められた。 「起きたいんだが?」 「僕はまだ君と一緒に此処にいたい。それとも、二人でゆっくり遊ぼうか?」 わざと耳に吐息を吹き込むように言うヴィンセントは意地が悪く、がびくりと身体を震わせれば耳に軽く歯を立てられた。 「んっ」 二人しかいない部屋に邪魔するものはなく、ヴィンセントは嬉しそうに目を細めての首筋に顔を埋めた。 たまには人間らしい生活を送ったらどうだと思ったが、人間ではなく悪魔のが言うのもおかしい気がするし今更ヴィンセントに言っても遅い気がする。 そんな事を考えているとヴィンセントは意地の笑みを浮かべて、のシャツに手を伸ばしボタンを一つずつ外し始めた。 こういう時だけ手が早いのは如何なものかと思ったが、そんなヴィンセントと契約してしまったのは自分で離れたいと思わないから重症だと思う。 「君がいけないんだよ。あの日僕の前に現れたから僕は君を離せなくなる」 「俺の、せいかよ」 ヴィンセントに触れられる度に体温が上がって、目眩を起こしそうになるのはの気のせいかもしれない。 もしかしたら目の前の男こそが悪魔ではないか、そう思ってしまうほどを見えない糸で絡み取って離そうとしない。 シャツの合間から見えた契約の印は互いの心臓の上で、ここほど似合う場所もないかも知れないとは思う。 ヴィンセントの印に口付けて指先でなぞれば、息を詰めるから嬉しくなって大胆に舌を這わせると不意に彼は笑っての唇を荒々しく塞いで蹂躙した。 はただ翻弄され与えられる刺激に耐えるしかなかった。 「ふ……」 唾液が唇の端から零れるのを拭う事もせずに、ただ快楽に溺れていくのを止める事が出来なかった。 「、気持ち良いかい?」 素直に頷くのは躊躇われて視線を逸らせば楽しそうに笑う声が聞こえて、は自分が意地を張れば楽しませるだけだと気付いた。 ヴィンセントは着ていたシャツを脱ぎ捨てて、の細い指先に口付けて優しく抱き締めた。 「他の目に触れないように、君を此処に閉じ込めたら安心出来るかな」 「そんなに不安なのか」 「不安とは少し違うね。を見た人間を殺したくなるだけだ。僕だけ見ていればいい。快楽も含めて僕がにあげる」 そう言いながらの足に指先を這わせながら、キスで立ち上がったのものをそっと握りしめる。 「……っ」 「どうして欲しい?が決めれば良い。このまま僕と堕ちるか、一人でいくか。後者なら喜んで僕は見てあげるけどね」 「性悪」 「今更?欲しいものはどんな手を使っても手に入れるし手放すつもりもないよ。覚悟しておいて」 人のいい顔をして裏では番犬として汚い仕事もやっているのを知っているし、今まで一緒にいたのは伊達ではない。 選択肢なんて与えられているように見えて、ヴィンセントが喜ぶものしか与えられていない。 「?」 「あ、あぁ」 「考え事?余裕そうだね」 不機嫌そうに目を細めているヴィンセントに内心慌てながら、はヴィンセントの首に腕を回すと消えそうな声で囁いた。 「二人がいい」 きつく抱き締めればヴィンセントも何か思ったのか、の髪を優しく撫でながら抱き締めてくれる。 今一番怖いのは、悪魔であるが人間であるヴィンセントと一緒にいられる時間が限られているという事。 「どうしたら君の傍にいられるのかな」 強気な発言で我侭を言ったかと思えば同じ唇から弱音を言うから、はヴィンセントをほっておけなくなる。 せめて一人では逝かせないように、そのときまでは一緒にいようとヴィンセントの唇にキスをした。 ー幕ー |