夜が明けないうちに

 ゆっくりと薄暗い階段を降りて行くと、目的地である部屋のドアがぼんやりと姿を現す。
 主人であるヴィンセントとは違う邸の一階にある彼の部屋は、身分の違いを思い知らせるかのようにひっそりとあった。
 コンコンと軽くノックを二回すれば返事があり内側からドアが開かれて、こちらを見た瞬間彼の綺麗な金色に輝く瞳は大きく見開かれる。
 まさか邸の主がこんな夜更けに、部屋に呼ぶ事もせず赴くのだから普通の反応だろう。
 青年、とはもう何年かの付き合いになるかわからないが、こうして彼の部屋を訪ねるのは数える程しかなかったからヴィンセントにとっては新鮮だった。
「入ってもいいかい?」 
 疑問系ではあるが有無を言わせない笑みを浮かべて口を開けば、仕方ないと言うような顔をしてそっと彼はドアの前から身体をどけた。
 ヴィンセントは素早く彼の部屋へと身体を滑り込ませると、の唇をぬるりと舐めてゆっくりと焦らすように唇を重ねた。
「っ、入った早々に熱烈だが、こんなところを奥方に見られたら俺の首は飛ぶんじゃないか?」
 ぐいと唇を拭って睨みつけるような強い視線を向けても、ヴィンセントはにっこりと笑うだけで答えた様子は無くてどかりとのベッドに腰を下ろした。
「まぁ、君が此処を辞めるなら閉じ込めて囲ってしまってもいいんだけど」
 にやりと笑うヴィンセントを見て彼ならやりかねないし、きっと誰も知らないような場所でを文字通り飼う事も出来るだろうなと思う。
 仕事さえしていればちゃんと休みもあって、好きなことをしていられる今の方が断然いい。だが、目の前の男しか会えない見ない生活というのも、少しの興味と甘さを感じてしまってその辺りがだんだんヴィンセントに染まってきているのかもしれない。
「絶対嫌だ」
「そう?意外と喜んでくれるかと思ったんだけどね」
「誰が」
 ふむと顎に手を添えて考え込むヴィンセントを見ながら、絶対碌な事は考えてないだろうと思ったがこちらから何か言って藪蛇になるのも嫌だ。
 そっと溜息をついて机に向かえば、そっと首筋に手を回されて耳の横に吐息がそっと触れて驚いては大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「っ、ヴィンセント!」
「くっくく、君が僕にかまわないのがいけないんだよ?それにしても本当に耳が弱いね」
 そっと形のいい指での耳にそっと触れると、そのまま顔を近づけてくる。
「触るのやめろって言っただろ。それに、かまわないんじゃなくてかまわれたくないんじゃないか?他人に介入されるの嫌いだろ」
 深い色をした瞳を覗き込みながらそう言えば、きょとんとしたように小首を傾げてからあぁと納得したように笑みを深くした。
「このまま押し倒されたい?可愛い反応されると困るんだよね」
「困るって言いながら何だ、この手は」
 するりとの腰に手を回してにこりと笑いかけるヴィンセントに、きっと何も知らないご婦人達はときめいたり一喜一憂するのだろうと思うと相手が可哀想になってくる。
 貴族でこの見た目だから引く手数多なのは知っているし、付き添いで出掛けて何度もそんな場面を見ているが自分も混ざりたいとか女性達が羨ましいと思ったことも無い。
 ただ豪華絢爛に見える世界にも裏が存在し、その闇に取り込まれないように見守るくらいしか出来ないのが少し歯がゆい。
 ヴィンセントはそんなことなんとも思っていないだろうが、ヴィンセント自身の身のことを考えたら気が気ではなくなる。
「ねぇ」
 そっと甘い吐息が耳元で聞こえてびくりと顔を上げれば、艶やかな笑みを浮かべて微笑んでいるヴィンセントがいてもう逃げられない事を悟った。
「な、に」
「キス、くれる?君から」
 言われるままにそっとヴィンセントの顎に手を添えて口付けを交わすと、いきなり力強く引かれて二人でベッドにもつれ込んだ。
「んんっ」
 突然の事でヴィンセントから離れようとするが、後頭部をしっかりと押さえていて動くことさえ出来ずに唇を奪われたまま。
 抵抗する気も失せてそっとヴィンセントの背中に手を回せば、ふっとヴィンセントが笑ったのがわかっては顔を赤く染めた。
「ずっと僕の傍に居てくれるなら離してあげるよ?」
 そっと小さな声で呟かれた言葉は甘さを伴っての身体を縛り付けた。きっとヴィンセントから離れたら生きてはいけない、そんな予感がした。

ー幕ー

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