聖夜と悪魔

 クリスマスとは、キリストの復活祭である。
 もみの木に様々な飾りを付け、教会ではミサが行われる。
「ほら、お礼を言いましょうね」
 初老のシスターの声に、色々な紙に包まれたプレゼントを抱えた子供たちが元気よく答える。
「「「ありがとうございました!!」」」
「はい、どういたしまして」
 サンタクロースと言うには年が若すぎる男が、子供たちの頭を撫でる。
 ここは、教会と孤児院が一緒になった施設で、ヴィンセントは慈善活動の為にプレゼント持って訪れていた。
 そんな中、は笑みを浮かべて子供たちと相対する主を横目に眺めつつ、小さくため息をついた。

 悪魔とクリスマス。
 悪魔と教会。

 これほどまでに最悪な組み合わせもあるまい。
 今は犬の姿だが、赤いケープを首に巻き、ご丁寧に頭には小さな帽子を被せられている。
 当のヴィンセントはサンタクロースの格好などしておらず、普段のままだ。
 子供たちはいそいそとプレゼントを開ける作業に掛り、中から出てきたプレゼントに眼を輝かせる。
 お菓子と玩具の会社としては有名なファントムハイヴ社の物と解り、子供たちの声も高くなる。
 やっている事は慈善活動だが、狙いは貴族としての建前とファントムファイヴ社の宣伝、そして貴族の社交パーティ逃れである。
 最近は、市井の人間が貴族を殺す事も出来るのだから、上手く飴と鞭を使わなくては自らの首を持締めることにもなる。
 普段はそんなことには気も留めずに、金を巻き上げている癖に偽善で金をばらまく。そうしてまた搾り取るのだから、人間とは実に面白い生きものだ。
 とはいえ、人の習性自体はおもしろいが、この状況は非常に面白くない。
「で、これで終わりか」
 小さな声で尋ねれば、ヴィンセントは笑顔を浮かべる。
「後十ヵ所は回るよ」


 ……つくづくクリスマスとは嫌な日である。


 そうして教会を回り、帰って来た事には日が暮れていた。
 ヴィンセントに誘われたものの、には家族内のパーティに出る元気はほとほとなく、先にヴィンセントの自室でくったりと横になった。
 レイチェルはともかくとして、息子のシエルの相手は疲れる。
 妙に懐かれているが、邪険にしても相手をしても主に文句を言われるのだから、積極的に関わらないに限る。
 ヴィンセントは残念そうだったが、教会に付き合った事を気にしてか、無理に誘われる事もなかった。
 行ったからどうなるわけでもないが、基本的に神に関係する場所は好きではない。
 こちらに向かって来る足音が聞こえたが、はそのままの体勢で目を閉じる。
「おや、不貞寝かい」
 ドアが開き、掛けられた声にはくわっと欠伸をしながら薄眼を開ける。
「誰かさんが働かせるからな」
「それは悪かった」
 全く悪びれた様子もなく、ヴィンセントはの寝転がるベッドに座る。
「で、俺にプレゼントは?」
「もちろん、用意はしてあるよ」
 すいっと顔を寄せてきたので、はふわりと人の姿をとり、首に手を回す。
 口唇を塞ぎ満足がいくまで精気を吸いとる。
 普段より多く貰いうけても、ヴィンセントは珍しく機嫌が良かった。
「随分機嫌がいいな」
 妻や息子との団欒は久々なので浮かれているのかもしれない。
「まぁね、妻に息子にペットに囲まれて幸せだよ」
 ペット扱いなのは今さら気にしないが、妙にその起源の良さが気になる。
「それで、プレゼントをあげようと思ってね」
今のが今日働かせた報酬を兼ねてクリスマスのプレゼントだと思っていたので、首を傾げればヴィンセントは持ってきた袋から、がさごそと何かを取り出す。
 何が出て来るのかとしげしげと見ていると、ヴィンセントが取り出したのは正方形の平たい箱だった。
 からすると、物にはあまり興味がなかったりするが、やたら機嫌が良いので特に何も言わずにいると、その箱が目の前で開けられる。
 中に入っていたのは、大粒の赤い宝石の付いた首輪だった。
 大粒の宝石は人の目より大きくルビーで出来ているのだとか、鎖は金で出来ているのだとか、特注で作ったのだとかそう言った話をヴィンセントは楽しげに話した。
 そうして金具を外しての首にかけ、また金具を止める。
 犬の姿になると毛が長いがそれに埋もれる事なく、黒い毛の上でもルビーは輝くだろう。
「良く似合っている。人の姿になれば肌が白いから、どちらでも合うようにとこれでも結構悩んだ甲斐がある」
「そりゃどうも……」
「で、君からのプレゼントは?」
「いい年こいてプレゼント強請るなよ」
 溜息をついて、は鎖を指で弄りながら艶やかな笑みを浮かべる。
「で、何がお望みで?」
 聞けば、ヴィンセントは深い笑みを浮かべた。
「そうだね、悪魔の体を」
 首に手を回し、先ほどよりも深く口唇を重ねて舌を絡ませる。
 飾られるクリスマスのキャンドルの灯りが揺らめき、が軽く手を振ると一斉に火が消える。
 静かな部屋に、濡れた音が響いていた。

ー幕ー

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