柔らかな感触と、暖かい温度。 眩しい光に目を開けると、厚いカーテンの隙間から、眩しい光が差し込んでいた。 何度か瞬きを繰り返した所で、ようやく目が慣れて辺りの様子が解るようになる。 自分が横たわっているのはふかふかしたベッドの中で、薄暗い部屋は上等な調度品が置かれている。 だが、そこは自分では見た事のない部屋で、何故ここに居るのかを考えながら体を起こす。 と、広いベッドの反対側に誰か寝ているのに気づき、それ見て納得した。 「クロス……」 ベッドがしっかりしたもので、が動いても振動がそちらに伝わらないと解ると、ゆっくりと足を床に付ける。 アクマとの戦いで致命傷とまではいかないながらも、深い怪我を負ったは、その後何処か休む場所を求めてふらりと最寄りの町に立ちよったのだ。 だが、既に傷口からはかなりの血が流れ出ていた為、半分朦朧としていた。 そんな時に誰かに腕を引かれた気がするが、その後は良く覚えていない。 クロスがここに居る事を思うと、どうも運よく出会って助けてくれたらしい。 服も普段着ているのとは違う清潔なバスローブで、脇腹を見ると丁寧に傷は包帯で巻かれていて痛みもない。 そっと部屋を出ると、普段棺に納められているマリアが椅子に座していた。 アクマの襲撃を避けるため、クロスが『聖母の加護』を掛けるためにマリアを解放しているのだろう。 今は歌ってはいないが、それでもこの部屋にイノセンスの力が行きわたっているのが解る。 言葉を話す事がないと解っていながらも、マリアの前に膝をついて声をかけた。 「ありがとう、マリア」 彼女からは何の言葉もなかったが、はそっと手を取って感謝の意を込めて口付けを落とし、ゆっくりと部屋を見回す。 どれほど寝ていたのかは解らないが、少し体が汗でべた付く。 クロスは寝ているし、折角久々のホテルなのでシャワーでも借りようとバスルームへ向かった。 包帯を取って見れば、寄生型イノセンスのおかげか、傷もうっすらとしか残っていないため、湯を浴びても問題はないようだ。 少し熱め湯で長い髪を梳きながら洗い流し、ゆっくりと息を吐く。 ずっと野宿を繰り返していたため、大分疲れも出ていたのかもしれない。 マリアの様な能力もなければ、クロスの弟子であるアレンの様に人とアクマを見極める目を持っていない。 これまでの経験からある程度の勘で解るのだが、それも決して万能ではない。 そのため、アクマとの戦いで他の人を巻き込まぬよう、また人に化けたアクマに会わぬように人が多い場所に留まる事はせず、野宿が多い。 疲れていないつもりでも大分無理が祟っていたのかもしれない。 あまり自分を過信しているつもりはなかったが、今回の様な事がまた起きるのも問題だ。 「せめて……14番目が片付くまでは……」 何時死ぬとも限らないが、それだけはどうしてもクロスだけに押しつけて自分だけ先に逝く事は出来なかった。 ぎゅっと栓を閉めて、がらりとバスルームの扉を開けると、先ほど来ていたのとは違うバスローブが用意されており、クロスが起きたのだと解る。 新しいバスローブを羽織り、扉を開けるとぼふっと頭から柔らかなタオルが飛んできた。 「クロス……」 「おはよう。ゆっくりできたか」 そっとタオルの隙間から顔を見ると、ゆったりとソファーで足を組み、にやりと人の悪い笑みを浮かべたクロスがいた。 「……済まなかった……」 とりあえず、頭を下げるとクロスは溜息をついて、自分の隣を指差したので大人しくその位置にが座る。 クロスはそのまま、の頭に乗ったタオルで長い髪を拭き始めた。 「無理はするな。っつっても聞かないんだろうか、寄生型とはいえそれに頼るなよ」 「解ってる……と言いたいところがだ、今回ばかりはつくづく感じたな」 慣れと言うのは一番良くないと解りつつも、人というのは直ぐ忘れてしまう生き物でもある。 おおよその水気を拭き取ったタオルを放り出し、クロスが優しく背後から抱き寄せた。 それに寄りかかるようにして、がクロスの肩口に頭を寄せる。 「ありがとう」 先ほどは言えなかった礼を述べると、クロスが首筋に口づけを落とす。 「礼だけか?」 言われて、傷の手当ても、ホテルの手配もあれこれ世話をしてもらったのを思い出す。 まぁクロスが望んでいる礼の意味は解って入るのだが。 しばらく悩むふりをしながら、はくるりと後ろを向く。 「薬代や宿代を支払おう。クロスの滞在分まで」 「そうじゃないんだが……」 がっくりとうなだれたクロスに、は笑みを向ける。 「解らなくはないが、次の機会に」 言うとしぶしぶといった様子で、クロスは煙草を取り出して頷いた。 そう、生きていればまた会える。 だから、次に会う約束と楽しみを取って置くのだ。 「覚えてろよ」 「あぁ、もちろん」 不敵に笑うクロスに、も同じ笑みを返す。 次に会うその時まで。 |