桜花

 朝日が眩しくて瞳を開ければ、目の前には見慣れた天井が広がっていてはほっと息をついた。
 もう季節は春に変わっていて、凍てついた空気も何処かへと走り去った後。
今日は一日オフをコムイからもぎ取って、何をしようかと思いながら食堂へと足を動かした。
「何、憂鬱そうな顔してるんさ〜」
「憂鬱、じゃなくて寝起きなだけだ。ラビこそ今日は任務は?」
 ちらりと目をやれば後ろから覗き込まれる緑の瞳に胸がざわついて、は赤くなった頬を隠すように足早に食堂を目指した。
 このラビと恋仲になってまだ一月ほどの時間しか経っておらず、未だにこの関係を嬉しく思いながらも距離をどう取っていいのかわからずにいた。
 ラビの性格上皆に秘密というのは無理だろうと予想はしていたが、まさか付き合ったその日にブックマンに知られ、翌日にはアレンと神田、リナリーにも知れ渡った事を知った時には相手を間違えたかもしれないと本気で悩んだ。
 あけっぴろげで誰に対しても笑みを絶やさずにいるのはいい事、だと思いたいがラビに関してはただ常識が通用しないだけかもしれないと最近感じる様になったのは秘密だ。
「今日は休みもらったんさ。あ、ユウだ」
「……」
 目の前を歩く長い黒髪の青年に聞こえるくらいの声で言い放ったラビを、は冷たい視線で見つめたが本人は何処吹く風と言ったように飄々としているのが憎らしい。
 どうしてこうも喧嘩の吹っかけるような呼び方しか出来ないのだろう、そう思ったのは神田も同じらしくいつもの決まり文句が罵声とともに飛び出した。
「名前で呼ぶな。殺すぞ、テメー」
「で、二人とも俺を間に挟んで喧嘩するのやめてくれる?」
「……じゃ、そいつの躾間違えるんじゃねぇよ」
 が苦笑しながらギブアップだと両手を挙げれば、神田はラビに睨みを利かせて食堂へと姿を消していった。
 神田の後姿を見送っているとラビは何を思ったか、ちらりとの顔を見つめて唇を耳元へ寄せて囁いた。
「ちょっと待ってるさ」
「ラビ?」
 するりとの肩から手を外してラビは食堂へと姿を消してしまい、仕方なく食堂へ視線を向けたまま壁に背を預けてラビの帰りを待った。
 色々冗談を言ったりするが、一度も嘘をつかれた事はなくそれがラビのいいところだと思っている。
 そこにいるだけで人が集まってくるような、人を引き寄せる力を持っていて本人もそれを自覚しているからこそ手におえなくもなるのだが。
「お待たせ。何考えてた?」
「いや、ラビ知り合い多いよなって。俺はあんまり人付き合い得意な方じゃないし。で?何処に行くんだ?」
「ちょっと近くまで」
 ラビに腕を引かれるままついていくと、教団の外へと出てしまい一体何処まで行くのかと目の前のラビの頭をじっと見つめた。
「そんなに見つめられても困るさ〜」
「いや、どこまで行くのかと」
 冗談に乗らずにきっぱりと告げればがっくりとラビは肩を落としていて、こういう素直で判りやすいところをは嫌いではなかった。
 いつだって明るく気をつかってくれて、人の感情に聡いところを今までも見てきたからこそラビを好きになったのかもしれない。
 自分がブックマンという立場にいる影響だろう、どこか一歩引いた場所にいるラビをはこちら側に引っ張りこんだだけに過ぎないかもしれない。
 それでも一緒にいられるなら構わなかった。
「ここ俺のお気に入りさ〜」
 ラビの声で思考をやめてふと上を見上げれば、綺麗に薄紅色に染まった桜の花が一面に広がりラビとを見下ろしていた。
 言葉もなく見上げているをラビは優しく見つめていて、ここに連れて来てよかったとも思う。
「ここで花見して食べるのもいいかと思って、さっきサンドイッチ作ってもらったさ」
 だからさっき待たせたのかと思いながら、ラビを見つめると照れたように指で頬をかいていては柔らかい笑みを浮かべた。
「ラビ、ありがとな」
が喜んでくれるなら俺も嬉しい」
 桜の木の下で、二人の影はゆっくりと重なった。

ー幕ー

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