子宝

 なぎ倒される木々に、吹き荒れる凄まじい妖気。
 ふわりと地面に降り立つと、ほっと安堵したような表情を浮かべるりんが駆け寄ってくる。
様!!!」
「これは……何があったのですか」
「殺生丸様が犬夜叉様と戦ってるの!!」
 りんではどうしようも出来なかったのだろう、二人を見つめるとまた不安そうな顔を浮かべている。優しく頭を撫でてやると、少しは落ち着いたようだった。
 刀々斎の元へ行く為に一人、行動を別にしたのは数日前。
 竜骨精との戦いの折りに、愛刀は破壊されてしまった。それを打ち直してもらうために、二百年前に預けていたのを思い出したのだ。
 引き取りに行く前に、自身が妖怪と共に封印することになってしまったので、取りに行かなかった 刀が今もあるかもわからないが、符術だけではこの先戦いはどうしても不利だ。
 愛刀があるにせよないにしろ、刀々斎に代わりの刀でも貰わなくては今後に差し支える。
 殺生丸の了解はあっさりと得られた為、記憶を頼りに刀々斎を尋ねると旧知の顔を喜び、奥から愛刀を出してくれた。
 久々に持つ己の刀はしっくりと手に馴染み、折れてしまった無残な姿を払拭するように、冷たい輝きを放っている。
 礼を言って受け取り、早々と殺生丸の気配を辿って来てみれば、このありさまだ。
 怒鳴りながら戦っているのは、殺生丸の異母兄弟である犬夜叉らしい。
 封印される前に、主と人の間に生まれた子がいると風の噂で聞いたが、との面識はない。
 とはいえ、何故にあそこまで中が悪いのかと首をひねりたくなるほど、二人の戦いは凄まじい。
 犬夜叉の連れと思われる人間達は呆れた様子で眺め、一人の風変わりな服を着た少女のみが必死に止めようと叫んでいる。
「邪見様、お二人は何故争っておられるのですか?」
 一番殺生丸と長くおり、事情を知っていそうな邪見に話を聞けば、父が鉄砕牙を半妖の弟に渡したことが気に入らないらしい。
 そして弟はと言えば、完全なる妖怪である兄を毛嫌いし、鉄砕牙を手に入れた時には腕を斬り落としたのだと言う。
「今日に限ってはここで決着を付けられるつもりのようで……殺生丸様!! そこです頑張ってくだされー!!」
「邪見様」
 の冷えた声音に、邪見はひいっと身を小さくする。
「何故御止めしないのですか。決して仲良くとは言いませんが、兄弟で殺し合いなど……」
「かと言って止める手立ても……」
 既に及び腰になる邪見の気持ちも解らなくはない。
 兄弟喧嘩というには、ただの殺し合いであり止めに入ればただでは済まないだろう。
 だが、殺生丸が倒れればりんが悲しむ、犬夜叉が倒れれば必死に止めようとする少女が悲しむのだ。
「私が止めて参りますので、離れていてください」
 邪見が何か言うのが聞こえたが、は軽く地を蹴って二人の元へ向かった。


「くらえ! 風の傷!!!!」
 闘鬼神で軽くいなし、上から体重を掛けて刀を振り下ろす。
 鉄砕牙がそれを受け止めれば、火花が散った。
「ふん、その程度か」
 戦いが始まってそろそろ疲労が溜まってくるころ合いだと言うのに、涼しい顔をした殺生丸は犬夜叉の腹を蹴り上げて吹き飛ばす。
 土ぼこりをあげて犬夜叉が吹き飛ぶが、直ぐに空中で一転すると再度刀を振り上げる。
 再度互いの刃が打ち合わせられる寸前、黒い影が二人の間に割って入った。
 鉄砕牙は細身の長刀によって受け止められ、闘鬼神は鞘によって受け止められている。
 持ち主を見れば、しばらく分かれていたがあり、顔を知らない犬夜叉は呆気に取られているようだった。
 割って入って来たに対して、殺生丸は眉根を寄せた。
「……何のつもりだ」
「刀をお納めくださいませ」
 鋭く睨みつける殺生丸に怯むことなく、はその視線を受け止める。
「誰だてめぇ……!! 邪魔すんじゃねぇ!!」
 力任せに振り切ろうとする犬夜叉に、は闘う気の失せたらしい殺生丸の刀を押さえていた鞘を放り、空いた手で符を鉄砕牙に張り付けた。
 途端に巨大な刃を持つ鉄砕牙は小さくなり、ぼろぼろの刀身へと変化が解ける。
「なっっ……」
 鉄砕牙は妖気を帯びて変化する刀である。ならばその妖気を浄化してしまえば、刀の変化は解けるのだ。
 この刀が作られたその時から知っているにしてみれば、容易い事であった。
 もっとも、主の場合は妖気も比べ物にならないほど大きなものであったため、御する事は出来なかったが。
 ほんの少し距離をおいて、はゆうるりと頭を下げる。
「御無礼をお許しくださいませ」
 呆気に取られている犬夜叉にから目を離し、刀を納めている殺生丸に向き直る。
「出過ぎた真似を致しましたが、これ以上続ける理由もございませんでしょう。どうかご容赦を」
 今の主である殺生丸には、すっと膝をついて頭を垂れる。
「……」
 殺生丸は何も言わずに踵を返し、ふわりと空へ飛び立ってしまう。
 邪見がわぁわぁと騒いでいるが、しばらくは一人の方が良いだろうと見当を付けて、犬夜叉に向き直る。
「てめぇ勝手に割りこんできて……!!!」
「おすわり!!!!」
 犬夜叉の怒鳴り声は、土ぼこりと轟音で最後までは聞こえず、地面に突っ伏している。
「お礼ぐらい言いなさいよ!!」
 奇妙な格好をした少女は口では怒りながらも、少し安堵したようだった。
「えっと、ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げられる。
「いえいえ、むしろ犬夜叉様はご無事なので?」
 以前地面にめり込んだままの犬夜叉が気になるが、その前にぴょんぴょんと小さな物がこちらに飛んでくる。
様!! 相変わらず御麗しゅう」
 ぴょんと飛びついて来た冥加を見とめる前に、つい反射的に平手で叩き落してしまう。
「お久しぶりです冥加様」
殿……」
「申し訳ございません、癖というのはなかなか抜けないらしく……」
 恨めしそうな顔をしながらも、掌を出せばぴょんと乗り移って来る。
「何時封印が解かれたので?」
「つい最近です。殺生丸様の天生牙の御蔭で」
「お前らなぁ!!」
 復活した犬夜叉が勢いよく起き上がるが、話の邪魔と判断したのか、再度「おすわり」の声が響き地面にめり込んだ。
 犬夜叉の首に掛る数珠が何らか呪具だとは思っていただが、「おすわり」のことばで動きが制御というかむしろ地面にめり込むらしい。
「っていうか、冥加爺ちゃんの知り合いなの?」
殿は犬夜叉様の父君に長年に渡って仕えられ、竜骨精との戦いでも共に戦われた腹心でいらっしゃいますぞ」
 父親の名前が出て、犬夜叉が僅かに不機嫌そうになる。
 一同の目がこちらに向けられたので、は改めて頭を下げた。
と申します。どのぐらいという年月は忘れてしまいましたが、お館様に仕えておりました。犬夜叉様は主様と十六夜様の間にお生まれになられた御子でいらっしゃいますね」
「そーだけど、それがなんだって……」
 いらいらした様子の犬夜叉には首を傾げ、かごめが再度「おすわり!」という声と共に地面にたたきつけられる。
様ぁ」
 離れたところに居たりんが近寄っても大丈夫とみて、先ほど放り投げた鞘を持って駆け寄ってくる。
 礼を言って受け取り、とりあえず場が落ち着いたことで何となく今日はこの集団で居る事になった。
 犬夜叉と邪見は気に入らなかったらしいが、しばらく殺生丸を追いかけない方がいいだろうと言うの判断と、りんが久々に大勢の人と居られる事に喜んだためであった。
 犬夜叉達としても、先の戦いで手傷を負った犬夜叉を休憩させたいと言う事もある。
 戦力の中心である犬夜叉があまり動けないとなれば、強い力を持ったがいた方が心強いと言うのもあるのだろう。
「それにしても、殿はお美しいですなぁ」
「法師様……」
「まぁまぁ、私は他意があって言ったわけじゃ……」
「そういえば、お館様の隣に並んだ様の麗しさときたら……」
 話題に出されるのが最初こその関する話題ばかりであったが、そのうちりんが加わって色々な街の話になり、小狐の七宝と邪見がぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。
 はそっと皆の輪から抜け出し、離れた木の上に居る犬夜叉の元へ向かう。
 ぴくりと耳が動いたのを見て、近寄って来るのは解るのだろうが、こちらに見向きもしない。
 殺生丸も気づいて居ながらに無視を決め込むところがあるが、犬夜叉は生来の気質か、隠しているようでこちらを気にする様子がありありと取れた。
「昼間は失礼致しました。重ねてお詫びいたします」
「けっ、気にしちゃいねぇよ」
 ちらりと犬夜叉がこちらを見る。
 こちらに耳を傾ける気はあるように見えたので、はそっと木の根に腰を降ろす。
「鉄砕牙を受け継がれたのですね」
「どうせ半妖の俺には使いこなせないとでも思ってたんだろ」
「いいえ、お持ちいただいている事に安心いたしました。殺生丸様が天生牙のみをお持ちでしたので……聞く事も躊躇っておりました」
 がさりと木の葉が揺れて、犬夜叉が降りてきた。
 まだ距離はあるが、先ほどよりは距離も縮まり、話に付き合ってはくれるらしい。
「所在が知れず心配でしたが、犬夜叉様であれば安心です」
「殺生丸は半妖の俺が持つのが相当気に入らねぇらしいが、お前はそうじゃねぇのか?」
 半妖と言うことで、人間からも妖怪からも忌み嫌われてきたのだろう。
 だが、首を振って見せた。
「私は、犬夜叉様がお生まれになったと聞いた時には、嬉しかったのです」
「親父の子だからか?」
「それももちろんですが、人である十六夜様と妖怪である主様の子であるからです」
 人から妖怪は恨まれており、妖怪も人などただの食い物程度にしか思っていない者も多い。
 だが、人と妖怪は相反しつつも近しい存在だともは思っている。
 人から妖怪になる者もいれば、人になりたくて化けて人里に住む者もいる。
 半妖と言うのは、どちらにも属さぬ半端ものと邪険にされるものだが、にとっては人と妖怪が交わった尊い存在だと思っている。
 当の本人がどう思っているかは別で、もしかすると両親を憎んでいるかもしれないが。
「私としてはどちらも大切な御子なので、仲良くはなくても殺し合いだけはして頂きたくはないのですが」
 むすーっとしてがしがしと頭を掻く犬夜叉は、色々言いたい事もあるようだったが、結局は何も言わなかった。
「それより、殺生丸は放っておいていいのかよ」
「殺生丸様もたまには御一人で過ごされたいのでしょう。それに近くにいらっしゃるので心配はいりません」
 近くに居ると聞いて、一瞬警戒する犬夜叉に、大丈夫だと声を掛ける。
 恐らくは今は一人で休んでいる違いない。
「さて、そろそろお休みましょうか。こんな時間ですし」
「子供扱いすんじゃねーよ」
 犬夜叉も見た目が見た目だが、封印されて直ぐに生まれたのだと考えれば、既に二百歳ほどのはずだが、何となくまだ行動や言動を見ると子供のようで可愛くて仕方がない。
「ですが、まだ怪我が響いているでしょう? 私達がいて居心地が悪いでしょうが、皆様のもとへ参りましょう」
 促すと、犬夜叉は大人しくついて来てくれる。
 子供扱いするなと言われたばかりだが、そんな仕草も子供のようで、知られぬようには笑う。
 皆の輪に戻ればまたがやがやと騒がしくなり、そのうち七宝や犬夜叉、邪見の三人で小さな喧嘩が始まる。
 先ほど寝ようと促したものの、当面続きそうなその騒ぎを見て過ごすのも、久々で楽しい物だった。

 夜の闇は深くなれど、まだまだこの賑やかさは続きそうだった。

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