毎朝見るのは同じ面子のはずなのに、こんなにも旅が楽しくて仕方ないのはそれぞれの個性の強さと時々遭遇する妖怪のせいで退屈しないだけなのか。
それと付け加えるなら、この旅に同行するきっかけになった唯我独尊の金髪美丈夫も一つの理由だと思う。
三仏神に誰か一人見張りをつけるといわれた際、三蔵が推したのが同じ寺に出入りしていただった。
ただ三仏神があてがった知らない人間よりも知っている人間の方が旅をし易かっただけかもしれないが、それでも自分を選んでくれたことが嬉しかった。
今ではジープの後ろは三蔵の後ろに悟空、、悟浄の順にすっかり定着してしまって、度々喧嘩が始まると悟空と席を替わるのが暗黙の了解になっている。
ジープの後部座席の後ろに寄りかかりながら空を見上げると、自分の真上に広がる青い空と対照的に今から向かう町のほうには黒い雲がかかっていた。
雨は嫌いではなくてむしろ好きな部類に入るが、ジープには生憎屋根がなく降られればずぶ濡れになるのは間違いない。
いくら雨が好きだといっても自ら進んで濡れたいわけではなく、ちらりと笑みを浮かべてハンドルを握っている八戒に目をやるとバックミラー越しに目が合った。
「どうしました?面白い事でもありましたか?」
「いや?ってか、毎度相変わらずよくやるね」
八戒との話の間には罵声が飛び交い、毎度変わらずの光景が繰り広げられていては眉間の間を指でつまみながらどうやって終わらせようかと考えていた。
大人しくしていてくれればすんなりと通るはずの言葉も、同じ車にいるにも関わらず声を大きく張り上げなければ聞こえないとはどういう事だろう。
もう暫くすればきっと三蔵の愛用の拳銃の出番となるはずだが、今は悟空と隣同士の為に撃たれれば流れ弾に当たる危険がある。
恋人という関係になった人間に向かって発砲するのは止めてくれと思いながら、三蔵に目をやったがどうやら今回は動く気がないらしく大人しく座っている姿が見えた。
具合でも悪いのかと思いながら助手席の上から顔を覗かせると、静かに瞳を閉じて腕を組んでいる三蔵が視界に入った。
「よく三蔵寝られるな」
「寝てねぇよ」
が八戒に笑いながら言うと思わぬ所から返事が返ってきて、下を見ると綺麗な紫暗の瞳を細めて三蔵がこちらを向いていた。
「起きてたのか」
「これだけ煩くて寝られるやつがいるわけねぇだろ」
「ごもっとも」
苦笑しながらそう言えば大きな手のひらがの髪に触れて、流香は髪を撫でられる気持ちよさに少し笑みを浮かべた。
「で、何かあったか」
「いや、三蔵静かだな〜と思ってさ。あと雨、降りそうだなって」
「そうですね、もうすぐ降りそうですから街に入ったらまず宿を取りましょうか。その後、悟浄と僕とで買出しへ行ってきますから。三蔵とくんは留守番していてくださいね」
いい年の男が二人そろって留守番とは笑えたが、勝手に出歩けば帰って来たときの八戒の笑顔が怖い気がして、は大人しく首を縦に振った。
雲行きが怪しいというのはこの旅自体にも当てはまるような気がして、まだ遠い道のりを思いながら流香はジープの後部座席に背中を預けた。
三仏神からこの桃源郷の妖怪凶暴化を阻止すべく頼まれたのは三蔵達で、あくまで監視兼連絡係に過ぎない自分がこんな事を思うのは違うかもしれないがそれでも不安は拭いきれない。
度々出くわす妖怪達から身を守る術は護身用に三仏神から与えられた小さい拳銃一つのみで、八戒のように気孔術を使えるわけでもなく悟浄や悟空のように武器があるわけでもない。
同じ銃でも三蔵のように扱いに慣れているわけではなく、ただ持たせられているに過ぎない。
これから牛魔王が行く手を阻んでも三蔵たちは行かなければならない、それに自分もついて行かなくてはならない。
ホルダーに収まっている銃の感触を確かめるように手で触れていると、唐突にくしゃりと頭の上に大きな手が乗っていた。
「お前、人の話聞いてないだろ」
「……ごめん」
耳に馴染む低い声が聞こえて、上を見ると眉間に皺を寄せた三蔵がこちらを覗き込んで見つめていた。
いつの間にか街に着いていたらしく辺りには建物が立ち並び、もう三蔵以外の姿が見えなかった。
「行くぞ」
「ん」
ジープを降りると早くしろと言わんばかりに手を取られ、三蔵に連れて行かれるまま足を動かした。
なんだかんだ文句を言いつつもこういう所は甘くて、決して仲間を置いていったりしない三蔵に嬉しい反面いつまでこうやっていられるのかわからず不安に思うこともある。
「お前と俺の部屋はこっち。あとは隣だ」
「珍しいね、いつも八戒と一緒だったのに」
何気なくそう言えば、いつもより真剣な瞳をしている三蔵と視線がぶつかって、何かいけない事を言ったかと自分の言動を省みた。
「いつも一人でいるような顔されちゃたまんねーんだよ。俺は何もしない。俺の近くへ来たければお前が動け」
三蔵が思っていることとは少し違うかもしれないが、それでもこれは気を使わせたんだなと思うと申し訳なさと少し嬉しさが混じる。
「俺が行っても拒否しない?」
苦笑しながらそう呟けば三蔵は眉間に皺を寄せて、の肩を掴みそのまま胸に抱き寄せた。
甘くないけれど突き放しもしない、そんな三蔵らしさが見えた気がして、が小さく微笑むとまるで眩しいものを見たかのように三蔵は目を細めた。
「、お前の隣は俺のものだ。誰であろうと渡すな」
「うん」
そう答えたの唇に温かな感触と煙草の味が広がった。
ー幕ー
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