真夜中の逢瀬

  暗い夜道をしっかりとした足取りで進んでいく男が一人、その後をこそこそとつけている男が三人が人通りがまばらになった表通りを歩いていた。
 上から見ると奇妙な光景だが、生憎こんな夜更けに窓を開けている家はなかったので気付く者はいない。
 先を歩く男の名はと言い、今日この街に着いたばかりで連れである三蔵一行がいる宿へと戻る途中だった。
 不意に人気のない路地へとが曲がると、後ろを歩いていた男達も様子を伺いながら曲がった。
 だが男達の前にの姿はすでになく、慌てて辺りを見た瞬間笑みを浮かべて後ろに立っている事に気付いて男達は慌てた。
「お兄さん達、何こそこそしてるのかな?」
「い、いや、別にっ」
 笑顔を浮かべている割には目の奥に鋭い光を宿していて、外見に寄らず腕が立ちそうだと今ならわかる。
 まさか後ろから襲いかかり金品を強奪しようと狙っていた相手に後ろを取られると思わなかったが、諦めて此処を逃げ出せればもうどうにでもなる。
 月明かりに照らされた男は大層綺麗な顔をしていて、男達は一瞬我を忘れて見惚れたがが脇にさした刀を鳴らした音で我に返った。
 男達は冷や汗をかきながらの隙をついて逃げ出そうと考えた矢先、の後ろにもう一つの影が伸びて男達の顔を隠した。
 これから面白くなりそうだったのに誰だ、と思いながら後ろをちらりと見やると、見知った赤髪の男が楽しそうにこちらを見ていた。
「あんまり遅いから様子見に来てみれば、が男からモテるとは初耳だねぇ」
「いや?悟浄には及ばないって。お前今日もお姉さんとこだろ」
 軽口を言い合う二人を男三人はどうする事も出来ずにいると、は勢いよく脇に差した刀を男の喉へ押しあてた。
 にやりと笑いながら鞘に指先で触り脅しをかけると、目の前の男がにぶつかりながら駆け抜けて後の二人も続いて走り去って行った。
「大丈夫か」
「ん、悪い」
 逃げ出すとは思っていたが、自分にあんなに勢いよくぶつかって行くとも思わなかった。
 よろめいたの腕をしっかりと掴み、悟浄は後ろから自分の胸へと引き寄せると簡単にすっぽりと収まった。
 男より女が好きだと豪語している悟浄に好きだと伝えた事はなかったし、相手も露ほどもの事を思ってはいないと思っていた。
 今助けてくれたのはきっと、仲間が自分の目の届く範囲で死ぬのは後味が悪いからだけだろう、それだけ悟浄という男が優しいのは知っている。
 だが、いつまで経っても離される気配のない腕を不審に思って上を見上げると、不意に視線が合わされた。
「悟浄?」
「あんまり心配かけんなよ、
「ん、わかったから。離せ」
 よりも広い胸が羨ましいやら悲しいやらで、早く離れようとしたが悟浄の腕も身体もびくりともしない。
 ちらりと上を見上げると、悟浄の赤い綺麗な瞳が柔らかく恭を見下ろしていて途端に羞恥で顔が赤く染まったのがわかった。
「そんな顔で見下ろしてくんな」
「ふぅん」
 悟浄はにやにやと何か企んでいるように笑いながらを壁際に押しやると、顔を覗き込みながら首筋を意味あり気に撫でた。
 びくりと身体が反応するのを止められず思わず睨み付けると、悟浄は嬉しそうに笑って唇を合わせる。
 優しいキスに浸っているとそんなを嘲笑うかのように口付けは深くなり、悟浄の舌が口内を犯すようにゆっくりと動く。
「んっ」
 長いキスに腰砕けそうになりながら、せめてもの抵抗に悟浄を睨み付けても赤い瞳は笑みを深くするだけだった。
 こんな悟浄は知らないし、自分に望みがないのなら尚更知りたくもなかったが、わざわざ口に出して悟浄が離れていくのも嫌で、は悟浄がするまま身を任せた。
ちゃん、立てる?」
「だ、れの、せいだとっ」
 唇が解放されると同時に息苦しさが襲って、座り込んでしまったを悟浄はにやにやと面白そうに笑うだけだった。
 その笑みがどうも癇に障ってが睨みつけると、悟浄の顔からも笑みが消えてじっとこちらを少し冷たい目が見ていた。
「どういう、つもりだよ」
「そっちが悪い。俺が我慢してたの知らなかっただろ?」
 真剣な瞳がこちらを向いていて、いきなりの話にはついていけずにただ悟浄の顔を見上げるしか出来なかった。
「なんの、話だ」
「だから、俺がを好きだって。まぁ、キスだけで終わらせるつもりはないし。宿に着いたら続き、な?」
 わざと後半を低い声で、しかも耳に注ぎ込むように言う悟浄が憎らしくて、は悟浄の耳に唇を寄せて軽く歯を立てた。
 やられっぱなしは性に合わないし、さきほどから悟浄に主導権を握られて話を進められて気に入らない。
 悟浄の顔から笑みが消えて、瞳の奥に情欲が揺らめくまであと少し。

ー幕ー

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