「この時期は気が滅入るな」
ぱたぱたと片手に扇子を持ち、ぼんやりと外を眺めるジョットに、は思わず笑みを零す。
外は曇天が広がり、じめじめとたした空気で何とも気分が悪い。
伊太利亜は日本と似た気候らしいが、夜や日陰は涼しいのだそうで、湿気が多い上に暑いと言う、独特の気候に辟易しているようだった。
の方は苦手とはいえ、さほど苦痛ではない。
どちらかと言えば、梅雨が明けてからの本格的な暑さの方が苦手だ。
「雨は嫌いではないが、こうも続くと流石にな」
同じ様に窓の外に目を向けて行ったものの、ジョットは溜息をついた。
「そういう割に、は涼しそうだな」
むすっとした表情のジョットに、は口元に笑みを浮かべる。
「耐性が出来ているだけさ」
だが、ジョットの機嫌はあまりよろしくないらしく、寝転がっていた体を起して後ろからの体を抱きかかえるようにして座り込む。
「余計に暑いだろうに」
体温が低めであるだが、こうしてくっ付いていたのでは、やはり少し汗ばんでは来る。
「同じ暑いのなら、心地よい方が良いだろう?」
にやりと笑ったジョットは、そのまま顕わになっているの首筋に口づけを落とす。
不快ではないが、湿気や温度だけでない暑さに目眩がする。
「進まぬならそのままやらなくても良いのではないか?」
いつの間にか止まっていたの手から、ジョットは筆を抜き取ると文箱に収める。
どうにも不機嫌な理由は、湿気や雨だけではなく仕事にずっと意識を向けていたにもあるらしい。
何時もグローブや額に眩しいほどの鮮やかな炎を灯しているが、存外ジョットの体温はにとって心地よい。
これ以上文句を言っても仕方がないし、はそのままジョットに寄りかかった。
生憎の雨でどこも出かけられない上に、相手をしなかったので拗ねていたらしい。
首筋をするりと撫でられて心地よさに目を細めると、口唇を塞がれる。
ゆっくりと堪能されて、それも離れると今度はジョットが満足そうに目を細める。
「そうだ……紫陽花が咲いたら雨の日に出かけよう」
の言葉にジョットは首を傾げる。
「咲くと言う事は花なのだろう? 何故雨の日に見に行くんだ?」
ジョットが紫陽花を知らないのに気づいて、が簡単に説明をする。
「こんもりと固まって咲く花でな。日の元で見るのも良いが、やはり雨に濡れて咲く姿のが美しい」
花は大抵、晴れの日に咲く物が美しく見える。
もちろん、紫陽花も日の元で見ても美しいのだが、やはり雨の日に見る方が紫陽花らしい。
近くに丁度、紫陽花が植わっている寺もあるのだし、見に行くにはちょうど良い。
今はまだ青葉だけを茂らせている状態で、来月にはこんもりとした花を咲かせるだろう。
ふむ、と興味深そうに聞いていたジョットだったが、ふいにの耳元に唇を寄せる。
「紫陽花も楽しみだが……今はお前を愛でていたいのだが?」
ふっと息まで吹き込まれて、は体を強張らせる。
「お前はどうしてそう……」
くるりとジョットに向き直った所で、再び口付けが落とされる。
「外は雨……どうせする事もないだろう?」
にんまりと笑うジョットに、はふっと溜息をつく。
既に暑いと言うのに、さらに暑くなりそうだ。
の考えを見透かしたように、ジョットは琥珀色の瞳を楽しそうに細める。
「嫌いではないだろう?」
その自信はどこから来るのか甚だ不思議ではあるが、言い返す事も出来ないのでジョットの背に腕を回す。
了解を得たと言わんばかりに、ゆっくりと押し倒される。
外の雨音を聞きながら、は目を閉じる。
目が眩むほどの暑さが、この日は大層心地よかった。
ー幕ー
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