ぽつんと鼻先を掠めた冷たい感触に、はふと足を止めた。
湿気の度合いと、重く垂れこめた曇天から、降りだすとは思ってはいたが予想よりも早かった。
こうして見ている間にも、しとしとと曇天から細い雨が降り注ぐ。
雨は嫌いではないが、どうにも苦手だ。
湿気のせいで肌はべたつくし、曇天のせいで気が滅入る。
は重く垂れこめた曇天を見上げて溜息をついた。
露天商もいそいそと店を畳み、歩いていた人々も足を速める。
周囲の様子と次第に強くなる雨脚に、は止めていた足をゆっくりと動かし始めた。
少し出るだけだったので生憎、傘は持ち合わせていないし、この程度の雨ならば直ぐに止むだろうと、あまり焦る事もなく歩き出す。
ゆったりと歩いているため、次第に背に流す髪も、着物も水分を吸ってほんの少し重くなって来る。
さぁさぁと流れる雨の音と、自分が歩く足音だけを聞きながら、はまた溜息をつく。
頭から雨をかぶってみたところで、もやもやとした気分が晴れる事がなく、何故雨なだけでそんなにも気が滅入るのかが解らなくて悪循環を繰り返す。
凝った空気を吐き出したところで、不意に目の前が陰り、今まで顔に当たっていた雨がぴたりと止む。
「馬鹿かお前は」
呆れたような声で不意に顔を上げると、やけに不機嫌そうな琥珀色の瞳とかち合う。
「こんなに濡れて冷たくなって」
むっと不機嫌そうだが、声音には心配する優しさを帯びており、は思わず笑みをこぼす。
そのままくすくすと笑うと、ジョットはさらに眉間に皺を寄せた。
「ふふ、済まない」
そう謝ったものの、ジョットはぼふっとの頭から羽織を被せた。
「笑っている場合か。風邪でも引いたらどうする」
ただでさえ体が弱いを心配しているジョットに、は笑いを納めてそっと寄り添う。
「雨が嫌いな理由が存外単純な事だと気付いたのさ」
しっかりと肩を抱くようにして歩き始めたジョットが、怪訝そうに首を傾げる。
「雨が嫌いだったのか? 確かに日本の夏はじめじめしているが……」
「あぁ、雨が上がって来たな」
話を逸らすよう言えば、厚い雲の間から僅かに光が差し込んでいる。
に習うようにして、ジョットも足を止めて空を見上げる。
「あぁ、そうだな……」
視線の先には、雲間から太陽と青空が見える。
空は何時でもそこにあるが、やはり澄んだ空の方が一番落ち着く。
「雨月には謝らねばな」
「謝らなければならない事があったのか?」
ぽつりとつぶやいた言葉だったが、ジョットには聞こえていたようで僅かに首を傾げる。
親交のある朝利雨月はジョットの守護者の一人で、雨の守護者であった。
「私が謝りたいだけだ。雨月は身に覚えがないのだろうし、言ったところで気にしはしないだろうがな」
空が見えないから、雨に嫉妬していたなどと言ったら、ジョットはどんな顔をするだろうか。
興味はあっても、それほどまでに恋しく思っている事を知られるのも癪なので、黙って置く事にする。
余計に首を傾げたジョットには相変わらず笑って、先に歩きだす。
もう一度見上げた空は青空と曇天が混じり、遠くが雨でけぶっていたがとても美しかった。
ー幕ー
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