君は僕のもの

 鉄錆の臭いが充満する部屋のドアを勢い良く開け放つと、若い男がただ一人立っていてその足元には男の持ち物だろう紙袋とその中身が転がっていた。

 短い茶髪に決して低くない身長、雲雀に背を向けていて顔は確認出来ないがそんなに年はいってないと推測する。

 

 雲雀はその男以外他に生きている人間はいないか目を配らせたが、部屋というよりこの建物には目の前の男以外に気配が全くなかった事に驚いた。

 ここにいたのはボンゴレの次にイタリアで名の知れたプレギューラという統率の取れたファミリーで、何より有名だったのが狙った者は決して逃がさないと言われるほどの射撃の腕を持つと呼ばれる男がいるということ。

以外の他の人間もマフィアである以上そう簡単には殺されないだろうが、三十人ぐらいいたと思われる人間が一人も生きていないというのはどういう事だろうか。

「ねぇ、君はプレギューラの人間なの?」

 雲雀が静かに声をかけると男はびくりと肩を揺らし、振り返ると同時に雲雀に向けて拳銃を突きつけた。

 油断していた訳ではないが自分が反応できないほどの短い間に、拳銃を向けた人間を雲雀は初めて見た。

「ここは俺のファミリーの邸だ。お前誰だ。どうして此処にいる」

 黒い銃口が雲雀に向いているが当の雲雀は慌てもせずに、拳銃を握っている主を見て軽く目を瞠った。

 男の声は落ち着いているように聞こえたが、その瞳からは止めどなく涙が零れていて雲雀にはそれが美しい芸術品でも見ている様な錯覚に陥った。

 涙に情をかけた訳ではないが、この男に対して詰問を投げるという気が一気に無くなってしまった。

「僕はボンゴレファミリーの雲雀恭弥。プレギューラのボス、コンチェットと昨夜から連絡が取れなくなったのでその確認にね」

 雲雀にしては珍しく大人しく質問に答えると、男は静かに拳銃を降ろして胸に仕舞い涙を拭わずに静かに口を開いた。

「俺は。ファミリーネームは無い。プレギューラのメンバーだ。昨日ミルフィオ―レの支部をボスの命令で一つ潰した。その時に奴らミルフィオーレが俺の仲間を殺すって情報を得たから急いで帰って来たつもりだったけど……」

 は雲雀の瞳から目を逸らさずに見つめ、雲雀はの瞳の強さに少し嬉しそうに笑ったが踵を返すように背を向けて歩き出した。

 はここに用は無いとばかりの雲雀に面食らったが、何を言えばいいのかもわからずに力なく視線を落とした。

「もっと早く来られなくてごめんな」

「ねぇ、一緒に来て。明日までなら待ってあげても良いよ」

 誰にとも無く呟いた言葉に予想外の返事があり、驚いて顔を上げれば雲雀は思いの外、近くに雲雀の端正な顔があって は思わず後ずさった。

 雲雀の紫の瞳が自分を映していては自分がこんなに弱弱しく見える事に少し驚いたが、それと同時に今此処にいてくれる雲雀に少し感謝した。

 自分はきっと皆の前から一人では歩き出す事は出来ないと思っていたから。

 プレギューラのスナイパーであるは、きっと皆と共に死んだのだ。

 だが、雲雀が言った一緒に来るとはどういう事だろうか、がその答えを導くよりも雲雀が口を開く方が早かった。

「言ったでしょ。僕はプレギューラのボスに用があった。でも、もうボスがいないんじゃ意味がない。だから君に来てもらう。わかった?それに……」

「それに?」

 雲雀が口を閉ざしたのには怪訝な顔をしたが、続いた言葉は初めて耳にする事実ではしばらく動けなかった。

「それにコンチェットから最後の通信の時言ってたよ。俺の大事なメンバーが明日帰ってくる。迎えにいってやってくれって」

 もしミルフィオ―レがプレギューラを潰そうとしている情報をプレギューラが知っていて、だけでも逃がそうと任務を与えてこの邸から出て行かせたのだとしたら。

 それはもう憶測の範囲を出ないが、コンチェットは優しい男だったからはその憶測こそが真実なのだと思った。

 が承諾の意を伝えると、雲雀は嬉しそうに目を細めての顎を掴み唇の近くで囁いた。

「彼らには悪いけど君はもう僕の物だから、僕の承諾無しには勝手な行動はしないで」

 雲雀は優しい手つきでの涙を拭い、は雲雀に身を任せて瞳を閉じた。

 それから雲雀は静かに邸を出て行き、は雲雀を見送ってから彼らに一人ずつ墓を作ることに決めた。

 今まで彼らといた日々を思い出しながら。

 次の日、約束したとおり有名ホテルのロビーに荷物を抱えてが向かえば、目当ての雲雀は優雅に足を組んで座っていて絵になるとはこういう事かと一人納得した。

  が足を止めると気付いたように顔を上げ、満足そうに雲雀は微笑んで手を差し伸べて の手をしっかりと握った。

「ちゃんと来たね」

「約束は守る。それに……。俺はお前の物なんだろ?そう簡単に所有物がいなくなったりしねぇよ」

 そう は待ち合わせしていた雲雀に軽口を叩いたが、雲雀は心底嬉しそうに笑っての唇を軽く塞いだ。

「っ、何でこんな場所で」

 慌てて雲雀から離れたを楽しそうに見つめる雲雀の瞳が思いの外優しくてが唸っていると、雲雀の後ろからいつの間にかやってきた銀髪の青年、獄寺が雲雀の肩を乱暴に掴んだ。

「てめぇ何公衆の面前で……少しは恥じらいってもんを持ちやがれ。それに遊んでんじゃねぇよ。十代目がお待ちだ、早く来い」

 はいきなり登場した青年についていけないで首を傾げていると、雲雀が面白いものを見たように笑ったのが見えた。

「へぇ、君はしたことないのかい? キス」

「んなわけねぇだろ、ってそうじゃなくて何でそんな話になるんだよ!」

 憤慨した獄寺を笑いながら雲雀はの荷物を奪い取ると近くのボーイに押し付け、の手を掴み足早にエレベーターに向かった。

「そういえば自己紹介してなかったな。俺は獄寺でボンゴレ十代目の右腕だ」

 エレベーターの中でそう言いながら右手を差し出した獄寺に、は手を差し出そうとしたが先刻から右手が掴まれたままだった事に思い至り、苦笑しながら左手を差し出した。

「プレギューラのです。宜しく」

「宜しくな。お前って左利きなのか?」

「いや、雲雀が離してくれないから」

 掴まれたままの右手を見せれば獄寺はげっそりとした表情で、雲雀の足に軽く蹴りを入れたが難なく避けられた。

「君、足癖悪いね」

「お前に言われたくねぇ。っつか、とっととを離しやがれ」

 雲雀は を見つめてから手を離したが、今度はちゃんと手を繋ぎ直したのを獄寺は見てしまい、もうこの二人に何を言っても無駄だと悟った。

「そういえば獄寺さん十代目が待ってるって言いませんでした?」

 目的の階に到着してエレベーターを出てからが口を開くと、獄寺は驚いた顔をして を見つめたがいきなり雲雀を睨みつけた。

「もしかしなくてもてめぇ、話してねーんだな?雲雀」

「あぁ忘れてた」

「忘れてたじゃねー!!」

結局、 は獄寺と雲雀に連れられてある一室に辿り着いた。

先ほどから二人の間に挟まれている挙句、なんともいえない居心地の悪い空気がうす巻いている。

この向こうに獄寺曰く十代目がいるとの事だが、なんでここにいるのかとかが会うことになったのかなど思ったが、雲雀がプレギューラのボス・コンチェットにある用事と関連があるのかと思い至った。

 ボンゴレ十代目は温和な方だと聞いた事があるが、実際に見た事はないし獄寺の陶酔ぶりから凄い大物だとは思った。

「入るよ」

 ノックをしようとした獄寺を他所に、雲雀は何の前触れもなくドアを開け を連れて室内に踏み入れる。

 も獄寺は驚愕したが、慌てて雲雀を追って部屋の中へ入った。

 普通の部屋より大きい部屋に一人の青年が座っていて、彼が十代目だとは感じた。

 他の人より少し気配というか雰囲気が違い、後ろにもう一人青年が剣を携えて立っているというのも頷けた。

 彼にとっても目の前の青年は大切な人なのだ。

「初めまして、僕がボンゴレ十代目の沢田綱吉です」

「初めまして。プレギューラのです」

 ツナは椅子から立ち上がり、に右手を差し出したが雲雀は面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 は左手を差し出そうとしたが、勢いよく右手を雲雀に引っ張られ雲雀の肩にぶつかった。

「てめぇの手を離せって言ってるだろ!」

 獄寺の堪忍袋の緒が切れて雲雀に噛み付くと、雲雀は冷ややかな瞳で獄寺にツナを見つめた。

「いい機会だから言っておくけど、君たちに を渡すつもりはないよ」

「雲雀、十代目に向かってなんて口を」

 吼える獄寺を尻目に雲雀はツナに目をやったが、ツナは仕方ないとばかりにに微笑んだ。

「獄寺くん落ち着いて、雲雀さんもわかりましたから。えっとくん、僕らはプレギューラと協力してミルフィオーレを退けようと思っていたんだけど、こんな事になって……僕の力が及ばずにごめんね。雲雀さんにはコンチェットさんと直に連絡を取ってもらっていたんだけど、まさかこんなに早く事態が進むなんて」

ツナの言葉には首を横に振って遮った。

「多分、ボスは分かっていたんだと思います。もうすぐミルフィオーレが来る事に」

「百蘭はに執着していると聞いたことがあるよ。だから君を渡したくなかったんじゃないかな」

静かに告げるツナの言葉には驚いたが、獄寺も同じだったようでを見つめた。

「初耳だぜ」

「僕も昨日までは知らなかったんだ。でもミルフィオーレの輩がこの辺で数人目撃されていて何かを探しているみたいだから君じゃないかと僕は思ってる。それにコンチェットさんに頼まれてるしね。だから僕は君の身柄を引き受ける事にしようと思ったんだけど、雲雀さんがどうしてもって聞いてくれないから……君は昨日付けで並盛の財団に配属になったから詳しいことは雲雀さんに聞いてくれる?」

「十代目、それって……」

「何?獄寺くん」

 少し怒っているツナに獄寺は何も言えず、首を振り子のように振って大人しくなった。

「もう話はいいかな。上にヘリ待たせてるから僕らは行くよ」

「はい。じゃ雲雀さん君をよろしくお願いします」

「僕は自分の所有物を守るだけだよ」

 雲雀はそう言い捨てると、後半の話についていけてないを連れて部屋を出て行ってしまった。

 二人が出て行った後、疲れたようにツナは椅子に座って溜息をついた。

「だって雲雀さん、くん渡せば今後無条件でボンゴレの非常事態に力を貸してくれるって言ったんだ」

「十代目、それってを雲雀に売ったんですか?」

獄寺が青ざめてそう言えば、ツナは軽く頭を横に振った。

「売ったんじゃないよ。僕もくん欲しかったのに。でも、雲雀さんにも出来たね、大切なもの」

 二人はの言った言葉に引っかかった物があったが、あえて何も言わなかった。

「そうだな。大切なものは弱点ともなりえるが強さにもなる。あの雲雀が離さないんじゃミルフィオーレも探すの大変だな」

 ははっと嬉しそうに山本は笑ったが、獄寺はげんなりと肩を落とした。

「想像したくねぇ、あの雲雀がもっと強くなるのかよ。でも何で昨日邸にいたのにみつからなかったんだ?」

「雲雀さんが霧のカモフラージュで邸ごと隠してたらしいよ?まぁ僕は二人が幸せならそれでいいけど。さ、僕達も行こうか」

ツナがそう呼びかけると二人は顔を引き締め、三人はその部屋を後にした。

「並盛の財団って何をする所なんだ?」

「並盛の風紀を守るんだよ」

簡潔に返ってきた答えに訳も分からず、は頭を抱えたが雲雀は嬉しそうに空を見つめるばかりであまり真剣に話を聞いていない。

「で、俺は何をすればいいんだ?」

「僕の傍にいて僕の為に生きればいい。あと僕の事は恭弥と呼んでくれれば何も」

 そう言って笑った雲雀の顔を、は忘れる事はないだろう。

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