君にだけ

「恭弥は紅茶とコーヒーどっちがいい?」

 書類に目を通し続ける事一時間、一言も話さなかったが口を開いたのはこの部屋に入ってこれが初めてだった。

 期末試験真っ只中の日曜日に誰が学校に行くのかと不思議だが、並盛では常識では考えられない事ばかり起きる。

 まさに今がそうで、学校が休みなのに人がいて書類を片付ける為だけだとしても、それは雲雀恭弥にとっては当たり前の事だった。

「紅茶」

 簡潔な答えには了解と返事をして嬉しそうな笑みを浮かべ、いつものようにカップを二人分用意し始める。

 恭弥にとって予定外だったのは、誰もいないと思っていた学校前で愛しの恋人であるが寒そうに立っていた事だった。

 忠犬のようにそこに大人しくいるに恭弥は驚きを隠せなかったが、は恭弥を見るなり嬉しそうに笑った。

 あまりの嬉しそうな笑みに恭弥は何故か居心地が悪くなり、気づけば口が勝手に応接室に誘っていて自分はかなり重症だと思った。

 以前沢田達と同じクラスで獄寺や山本と一緒に居たのを見かけるだけだったが、今ではもう周囲公認の恋人になった。

 恭弥から事ある毎に呼び出しされていれば、お気に入りとして見られる事は必然だっただろう。

 当の恭弥はが欲しかったし、も恭弥が好きだったから否定はしなかったのが始まりともいえる。

「恭弥? 紅茶出来たけど」

 ふと呼ばれて思考を止めると、不思議そうに小首を傾げるが目の前にいて、その手には温かい紅茶の入ったカップがあった。

 恭弥の目の前の机には書類が散らばり、とてもじゃないがカップをおけるスペースなど見当たらない。

 これも草食動物を好き勝手に噛み殺した分溜まったものだが、どうにも目途が立ちそうにないのが無性にいらつく。

 恭弥は仕方なく少し書類を退かして、いい匂いのする紅茶の為に場所をあけた。

「はい、どーぞ」

 はそれ以上何も言わず、静かにソファに身を沈め読みかけの本に視線を戻した。

 きつい匂いでは無いのにちゃんと香る紅茶に思わず肩の力が抜け、恭弥は自分でも知らずのうちにほっと息をついた。

、紅茶好きなの? これ、葉から入れたでしょ」

 普段紅茶を飲まない恭弥でも、市販のティーパックとそうじゃないかの違いくらいはわかる。

ただ、ほどこんなに上手く紅茶を葉から入れられる人を見た事が無いし、飲んだ事も無い。

 不思議に思って問いかけると、は恭弥を見つめて柔らかく微笑んだ。

「紅茶好きだけど、いつもは自分で入れたりしません。恭弥なら最初からやらないと飲んでくれなさそうな気がしたし、草壁から恭弥がこの紅茶お好きだって聞いたからさ」

 確かに何でも徹底していないと気が済まない性質だが、が言わなくてもわかっているのにも驚いたし、何より草壁と目の前のに接点があったことも初めて聞いて驚いた。

 学年も違う彼らの間にどんな関係なのかは知らない。

 ただ、自分の知らないところでと草壁が繋がっている事に何故か無性に腹立たしさを感じた。

「ふぅん。君達、いつから仲良くなったの」

 恭弥はゆらりと立ち上がるとソファに近づき、読んでいる本を取り上げての肩を思い切り押し倒した。

 今まで大勢の男を噛み殺してきたが、その奴らより多分一番線が細くて力も弱い。

 押し倒されたは簡単にソファに横倒しになり、驚きを隠せなかったがされるがまま静かに恭弥を見つめた。

「恭弥、何で怒ってるのか解らないが、草壁とだって話くらいするぞ」

 当たり前のように言われ恭弥はむっとしたが、恭弥といる時間が増えれば風紀委員ともいる時間が増えるのは当たり前の事。

 待ち合わせ場所が此処だったりするものだから、草壁からお茶を出してもらったのも数え切れないほどだ。

「好きな人の好みくらい知りたいだろ? 草壁は何でも知ってそうだし」

 思いもよらない回答に恭弥は一瞬固まったが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべての上に乗り上げた。

 所謂馬乗りされたはさすがにどうしていいかわからずに視線を彷徨わせたが、恭弥は口角を上げ人の悪い笑みを浮かべ顔を近づけた。

 綺麗な顔が間近にあるのは気持ち悪くはない、ましてやそれが恭弥なら尚更嬉しいがこの状況は同じ男としてあまり喜ばしいものではない。

 体格の違いはわかっていても、こうまでたやすく押し倒されるほど違うとは思っても見なかった。

 が複雑な顔をして恭弥に顔を合わせると、の唇に柔らかいものが触れた。

「恭弥……?」

「草壁に聞くくらいなら僕に聞けばいい。それで君が僕よりも一番僕を知っていればいいよ」

 微かに香る紅茶の香りにキスされたのだと気付き、目の前の恭弥に視線を合わすと微かに和らいだ目でを見つめている瞳に出会った。

 今まで学校で恭弥を見かければ嬉しくなり、色々知りたくて沢田をつてに草壁に聞いたりしたこともある。

 その恭弥が今近くにいて、今や恋人に至る。

 はゆっくり手を伸ばして、目の前でさらさら揺れる漆黒の髪に優しく触れた。

 癖の無い髪に触っていると今度はその肌に、唇に触れたいと願う自分が居る。

「何? 僕が欲しくなった?」

「爆弾発言だな。当たってるけど」

 思っても見ない恭弥の返答に、は優しく恭弥の背に手を回して引き寄せる。

 ドアの向こうに立ちすくむ草壁に二人は気付く事は無かった。

ー幕ー

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